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Love Affair


 火曜日1限目の講義は、まだ眠いけど充実した時間。
秋の冷たい光もガラス窓越しにあたためられ、ふんわりと講義室の中に柔らかな日だまりを作っている。すり鉢状になった広い講義室には、西田教授の低い話し声だけが響いている。
わたしは森田美湖と、前から5列目程の席に並んで座って、講義を受けていた。
みっこはカーディガンの袖をつまみながら、ノートにシャープペンを走らせる。カリカリというペンの芯が軋む音と、シャツの袖の衣ずれの音だけが、かすかに聞こえてくる。

「さつき。それであのあと、川島君とはどこかに寄って帰ったの?」
ふと思い出した様に、みっこがペンでわたしをつついて、ささやいた。
「うん。川島君、まだ晩ごはん食べてなかったし、帰りにファミレスに寄ったの」
「ふうん。でも、なんかすごいよね、川島君も。ごはんも食べないで、9時間もさつきのこと探し回ってたなんて」
「うん。わたしなんだか、感激しちゃった」
「あなたたちがうまくいって、あたしも軽くなったかな」
「なにが?」
「あたし、けっこうさつきのこと、けしかけてたし… あの、お別れの電話した日なんか、すごく責任感じてたのよ」
「あは。でもみっこがいろいろアドバイスしてくれたから、わたしも勇気がわいてきたのよ」
「そっか… だといいんだけど」
「みっこの言ったこと、結構当たってたわよ」
「なにが?」
「川島君と『紅茶貴族』で恋話ししたことあったじゃない。そのときみっこは、『川島君はあなたに告白しようとしたのよ』って言ってたけど、川島君はあの時ほんとに、『告白のチャンスだ』って思ってて、『言葉が喉まで出かかった』って話してくれた」
「さつきのこと、『色っぽい目で見てた』って言ってたものね。きっとその前から告白するチャンスを伺ってたんじゃない?」
「川島君、それまでも何回かカマかけたらしいけど、わたしの反応がそっけなかったから、『片想いだ』って思ってたんだって」
「へえ。さつきって意外と完璧に、友だちを演じてたんだ」
「そうかな? 絵里香さんにはバレバレだったけど…」
「あぁ。川島君が鈍感なだけだったのね」
「あは。お互いに鈍感だったみたい」
「でも、川島君もさつきの瞳を見て、『今日こそは』って思ったんでしょ? やっぱり、恋する乙女の瞳はオーラがあるわね〜」
「もう… でも川島君、わたしの瞳を見つめていて、吸い込まれそうな気になったって。なんか嬉しいわよね〜。
だけどわたしが、『ただの男友達と恋愛話なんかしてて、人に誤解されたらいや』とか、『川島君と蘭さん、お似合いよ』とか、挙げ句の果てには、川島君の恋を人ごとみたいに応援しているようなことを言うから、川島君もかなり揺れていたらしいわ」
「さつきだって、川島君のちょっとした言葉でへこんでたじゃない? 『同級生』だとか『完璧にぼくの片想い』だとか。それって、なんだか少女マンガの定番コメディよね」
「え〜。わたし必死だったのよ、これでも」
「あ。そういえば学園祭の夜に、川島君の告白の途中、さつきが『待って』って止めたんでしょ? それも『なし』かな〜」
「そうみたい。『もうダメだ』って絶望で、目の前が真っ暗になったって」
「さつきってそうやって、けっこうNGワード連発してたんじゃない?」
「う。確かに… でも、みっこも関係してるのよ」
「え? あたしが?」
「川島君にみっこのこと、『モデル級の子、紹介しようか?』って言ったんだけど、そう言われて川島君、かなり落ち込んだらしいの」
「あ〜、それは傷つくな。好きな女の子から『別の女の子紹介する』って言われるのって」
「わたし、そこまで考えてなくて…」
「でもまぁ、それを乗り越えて結ばれたんだから、とにかくよかったじゃない」
「ありがと」
「とうとうさつきも、大人の階段登るのか〜」
「なにそれ。まだそんなんじゃないし…」
「あら? あたしそんな意味で言ったんじゃないわ。さつきって意外とエッチね〜」
「もうっ。みっこの方こそ、あのあと上村君とどうなったのよ?」
「さつきとおんなじよ。みんなでファミレス行って、そこで解散」
「電話番号とか聞かれてないの?」
「聞かれたけど、とりあえずは保留ってとこかな?」
「保留?」
「そのうち、あたしの方から連絡するって言ってるの」
「みっこはどうするつもりなの?」
「ん〜… いい子なんだけどね…」
「だけど?」
「やっぱりふたつも年下で高2ってのは、ちょっと物足りないかな」

ジリリリリリリ…
「では今日の講義はこれで終わり。来週は180ページからだからね」

 みっこと話し込んでいるうちに、終業のベルが鳴り、教壇の西田教授がパタンと分厚い本を閉じて、みんなにそう告げた。そういえば今は講義中だっけ。わたしが西田教授の講義を放ったらかしにして話しに夢中になるなんて、滅多にないことだわ。
 教授はめがねを直しながら本を小脇に抱え、講義室を出ようとしたが、ふと立ち止まって、わたしの方を見た。
「弥生君。今日の昼休みは時間とれるかね?」
「あ… はい。大丈夫です」
とっさにそう返事をして、わたしは思わず頬が火照る。
「じゃあ、昼食の後にでも私の研究室に来てくれないか? 南棟の302号室だからね」
そう言って、教授は講義室をあとにした。

「なになに? さつきったら川島君とつきあいはじめたくせに、もう西田教授と二股?」
みっこがクリアケースに教科書をしまいながら、わたしをからかう。
「そんなんじゃないって、実は…」
わたしはみっこと学校の南にあるカフェテリアに向かいながら、事情を説明した。

実はわたし、前期に西田教授から課題として出されていた小説で、とてもいい点をつけてもらっていたんだ。西蘭女子大生のことを描いた近況小説だったけど、教授はたいそう興味を示してくれて、
『わたしの研究の一環として,いつかゆっくり話しを聞かせてくれないか?』
とおっしゃっていた。


 わたしもみっこも次の講義は午後からで、ちょっと空いた時間はたいてい、南のカフェテリアで過ごしている。
テラスがサンルームになったこのカフェテリアは、窓から光がたっぷりと差し込んできて、雰囲気も明るくて気持ちがよく、食べ物はすごく美味しいってわけじゃないけど、スイーツがけっこう充実していて、なにより安くて、わたしみたいな貧乏学生には嬉しい。

「やっほー。みこちゃんさつきちゃん。やっぱりここにいたぁ」
「おふたりいつもツーショットなのね」
そう言いながら、ナオミとミキちゃんがカフェテリアに入ってきた。

「ねえねえ、みこちゃん。あのあと上村君とはどうしたの?」
フルーツパフェを手にしたナオミは、みっこの隣に腰をおろすよりも早く、話しはじめる。みっこは怪訝そうな顔でナオミに答えた。
「あら? ファミレスの前で、みんな別れたじゃない?」
「え〜? ほんとにそのまま帰っちゃったの? みこちゃん」
「そうだけど… ナオミたちはあれから、どこかに行ったの?」
「えへ」
ナオミはちょっと頬を赤らめて肩をすくめると、軽く舌を出す。
「カツくんと、やっちゃった」
ええっ? 『カツくん』って… 確か、上村君といっしょにいた友だちよね。ナオミが勝手にニックネーム付けた。みっこは呆れたような顔で、ナオミに言った。
「やっぱり? なんだかそんな予感がしたのよね〜、あの雰囲気から。ナオミはそれでいいの?」
「年下の男の子って、ちょっと興味あったのよぅ。あれからカツくんのバイクで海まで飛ばして、ラブホに入っちゃった。やっぱり若いってすごいよね〜。一晩に5回もやっちゃったぁ」
「5回?!」
ミキちゃんが驚いて聞き返す。
「寝る前に3回と、朝2回。カツくんったら、あたしのおっぱいに夢中でしゃぶりついてくるのよ。なんかすっごくかわいくてね。いろいろしてあげちゃった」
「あなたのそのムダに大きい胸なら、どんな男だってしゃぶりついてくるって」
「ムダじゃないわよぉ。ちゃんと男を楽しませてるんだから」
そう言いながら、ナオミはみっこの背中をポンとたたき、誇らしげに巨乳を揺らす。
「…わたしの彼氏にも、その子の元気を分けてほしいです」
ミキちゃんがポソリとつぶやく。
ナオミはわかるとして、おとなしそうで奥手っぽいミキちゃんまで…
まったく。みんな午前中からなんの話しをしてるのよ〜。


“コツコツ”
研究室の重厚なチークの扉をノックする音が、ひと気のないひんやりとした廊下に響き渡った。
「どうぞ」
扉の向こうから、低い威厳のある声が返ってくる。わたしは緊張しながら扉を開けた。
壁一面に広がる本棚。
分厚い本やレポートが雑多に積み上げられた、大きな古い木製の両袖机。
そこはいかにも『研究室』という感じで、足を踏み入れただけで、思わず気持ちが引き締まって緊張してくる。
西田教授は先客の若い男性講師の方との話に熱中していて、『ちょっとそこに掛けていてくれないか』とわたしをちらりと見て、隅の椅子を指し示し、講師に質問を投げかけていた。

「…つまり君は、マスコミが現代の女子大生像を、故意に歪曲していると言いたいんだね」
「いえ。正確に言うとマスコミは、一部の遊んでいる学生をスポイルしているんです。大衆はマスコミによって恣意的に取り上げられた特別な女子学生を見て、センセーショナリズムを煽られているんです」
「はたして『特別な』と言えるかな? 今の学生が昔に較べて勉強しなくなったのは、事実だよ」
「ぼくが思うには…」
若い講師は、そこで一息ついて話を続けた。
「結局、今の日本には、国を貫く一本の思想がないんです。と言うより、自国の文化を捨ててまで、国も企業も営利の追求に走りすぎたんです。その点では、『経済至上主義』という思想があるとは言えますが」
「それはわかるよ。だけど、その経済至上主義と女子大生の学力低下が、どう関係するのかね?」
西田教授は余裕のある微笑みを浮かべて、頷きながら質問した。
「『文化』とは本来、精神的なもので、技術や物質による『文明』と分けて考える必要があるのですが、この区切りが混乱してしまった。それは企業の過剰な経済活動によって、『文化』が物質的なものとして、消費物にすりかえられてしまったからです。
経済至上主義の中で、大衆はあらゆる文化の価値を、土地や芸術品でさえも、金銭的な価値に置き換えることを、企業とマスコミによって、繰り返し刷り込まれてしまった。
消費社会の中で、教養や美意識といった、金に換えられない、だが生産的なソフトウェアは、置き去りにされてしまったんです。
いい例を挙げるなら、あれほど千利休の映画が立て続けに作られたにもかかわらず、茶道の美意識や日本人の美学といったものは取り上げられることがなく、茶碗や茶道具の値段ばかりが話題になったに過ぎなかった」
「なるほど」
「営利を追求する企業をスポンサーに持つマスコミは、雑誌やテレビ、映画などのメディアを通して、消費者の欲望を煽り、消費を拡大することで、自ら増殖していかねばならない宿命を背負っています。
今のバブル社会に対して批判的になるのは、その増殖を妨げるという自己矛盾に陥ってしまう。
自浄力をなくし、社会への批判力を失ったマスコミは、『言論の公器』から、ただの『企業の太鼓持ち』に成り下がってしまった。流行の旅番組やグルメ特集にしても、読者や視聴者の奢侈的消費心を煽るだけでしかない」
「つまり君は、マスコミが金儲けの『手段』として、女子大生像を歪曲したと言いたいのだね?」
「そうです。今の女子大生には社会の矛盾が凝縮されています。現代の社会構造は、女子学生の教養、つまり文化的貢献を必ずしも求めていません。
そうやってマスコミに感化されて判断力を失った彼女らは、カタログ数値でしか物や人の価値を判断できない。彼女らの結婚の基準である『三高(高収入、高学歴、高身長)』なんていうのは、その典型ではありませんか。
それが結果的に若者の保守回帰を促し、社会の変革を妨げているんです。今の日本はその面で、すでに閉塞状態にあります」
「やれやれ。『消費は美徳』かね。しかし最高学府の大学で、子女教育が思うようにできないとは、日本の未来は明るくないねぇ。弥生君、君はどう思うかね?」
「は、はい?」
いきなり話題をわたしに振られたものだから、思わずあせって返事がうわずる。西田教授はわたしを振り返り、微笑みながらつけ足した。
「いや。実はある出版社から『現代の女子学生について書いてくれないか』と依頼を受けてね。そのことでぼくらは話していたんだよ。それで当のご本人たちの意見も聞きたくてね。本当はぼくの方から伺わなきゃいけなかったところを、わざわざすまないね」
そう言いながら教授は冷蔵庫からコーヒー豆を取り出し、2杯3杯すくってドリッパーに入れた。
「あ。私は次の講義の準備があるので、これで失礼します」
そう言って、若い講師は席を立った。
「そうかね? コーヒーでも飲んでいかないかね?」
「いえ。けっこうです」
「君の話はなかなか興味深かったよ。またぜひ聞かせてくれないか?」
「おそれいります」
彼はおそろしくまじめな顔でそう答えると、研究室を出ていった。

「若い人の考えは、刺激的でおもしろいね」
教授は淹れたばかりのコーヒーをカップに注いで、わたしに差し出しながら微笑んだ。
わたしは恐縮してカップを受け取る。コーヒーアロマの芳醇な香りが心地よく鼻腔をくすぐり、さっきの講師の方の話で緊張していた気持ちも、次第にほぐれてきた。
「彼の意見を聞いていると、明治維新の志士を連想してしまうよ。やはり社会の変革は、ああいった若々しいエネルギーで行わないとねぇ」
「はあ」
「弥生君は今まさに女子大生そのものだろう。自分の立場で、彼に対して反論はないかね?」
「反論と言われましても…」
そう言いながら、わたしは必死でさっきの若い講師の言葉を整理していた。
「わたしたち… 『今の女子大生』なんて名前じゃなく、ひとりひとり、ちゃんとした名前を持っています」
「ほう」
「わたしは、あまり『ブランドが好き』ってわけでもないですし、自分の価値観もそれなりに探しているつもりですから、『今の女子大生』の一言で括られるのは、ちょっと抵抗があるんです」
「なるほどね。そうだろうねぇ」
「でも、さっきの方の『女子大生の教養を求めていない社会構造』っていうのは、なんだか言い得ているような… 
社会の重要な位置にいるのはほとんど男性だし、女性雑誌の編集も男性がしているくらいだから、なんだか社会全体が、男性にとって都合のいい女性を作ろうとしている気がして、女としてちょっと口惜しいです」
「ははは。日本では明治時代の富国強兵策から、『良妻賢母』だの『大和撫子』だのと綺麗な言葉を使って、女性の自立を妨げて、君たちを男社会に従わせようとしてきたのは、歴史的事実だよ」
「そうなんですか?」
「遡って戦国時代は、女性は直接戦(いくさ)はしなくても、男性とは違った立場で、積極的に政治に参加し、政治家や参謀として目覚ましい働きがあった。よその国への政略結婚にしても、単に血縁関係を強めるだけでなく、『外交官』としての器量や機智、才能を求められていたのだよ。女性の男性への影響力は、計り知れないものがあるからねぇ。結婚相手の武将を籠絡するのも、女性の大事な仕事というわけだね」
「わたしの知っている戦国時代の女性って、男性の駆け引きの道具にされて、悲しい定めのイメージでした」
「ふつうはそういうイメージが強いねえ。徳川幕府の差別政策は、士農工商制度だけでなく、男女差別にも及んで、女性の参政権は奪われ、家に封じ込まれてしまった。現代の日本でもその時代の差別意識は根強く残っているから、小説やドラマでも、女性をそういう視点から描きがちだね」
「その差別から女性が抜け出すことは、もうできないんでしょうか?」
「大正デモクラシィーの頃は、女性の自立運動が盛んになったが、それも戦争で吹っ飛んでしまった。
しかし皮肉なものだね。現代は平和で男が戦争で死なないものだから、男女比のバランスが崩れてしまって、『男の結婚難』とかで、今は女性の方が『アッシー君』だとか『キープ男』だとか、男を逆差別しているじゃないか」
「でもそれは、男の人が余っているからで、差別解消とは違って、男の人が女の子を甘やかし過ぎているってことじゃないでしょうか? だから世の中に、こんなにもワガママでバカなお嬢さまが増えてしまうんです」
「『ワガママでバカなお嬢さま』か。それは言い得て妙かもしれないなぁ。君たちのような、若くて過激な意見を聞くのは、脳みそのマッサージになって、いいものだよ」
「はい…」
「君の小説も、おもしろく読ませてもらったよ」
「えっ?」
わたしはドキリとして西田教授を見た。教授は今までと変わらない穏やかな表情で、わたしを見返している。
「『講義室の王女たち』だったね、君の小説は。現役女子大生の枠組みに埋もれることなく、客観的に自分たちの言動をモニターできていて、実に立体的に描けていた作品だったよ」
「…はい」
返事をしながら、わたしは頬がほてってしまい、思わずうつむいた。
尊敬する西田教授から、自分の書いた物のことをそんな風に言われると、顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなってしまう。
「ぼくの書く予定にしている今度のエッセイでは、君たちのことを、さっきの講師の話じゃないが、政治経済の面から切り込んだり、教育問題を提起してみたり、歴史面から掘り下げてみたりと、多角的に描いていこうと思っているけど、あくまで女子学生の行動の中で、さりげなく語って、固すぎる内容にはしないつもりなんだ。
だから君のような、いろいろと物事を考えている学生の意見も聞かせてもらえれば、本当にありがたいんだよ」
「あ、ありがとうございます」

そう答えるのが精いっぱいだった。
それでも西田教授は最後までほがらかに、わたしのたどたどしい話を、頷きながら聞いて下さった。時々、教授の方からもわたしの意見にチェックを入れて下さったりして、わたしもいろいろ気がつくことも多く、昼休みの1時間を、わたしは教授と愉しく過ごすことができた。

「お。そろそろ講義が始まるようだね」
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、教授は立ち上がって、次の講義に持っていく資料を用意しはじめた。もうそんなに時間が経っていたのね。
「弥生君、今日はありがとう。またいろいろ話を聞かせてくれないか?」
さっきの講師に対してと同じ口調で、教授はわたしにお礼を述べて下さる。
「は… はい。わたしでよかったら」
「だけど、君がこれからもずっと小説を書き続けたら、おもしろいだろうね」
「え?」
「君のように、熱意を持って文学に取り組むことができるのは、一種の才能だよ。喜怒哀楽や政治・思想を超えた所に、文学の神髄は存在するのだからね。頑張りなさい」
そう言って微笑みながら、教授はわたしを扉の所まで見送って下さった。
重い木の軋む音がして、背中で扉が閉まる。
薄暗い廊下を歩くわたしは、知らず知らずのうちに足どりが軽くなり、スキップを踏むようにしていた。
もし、今向こうから人が来たら、わたしのしまりのない顔を見て、変に思うだろう。

『やったぁ!』

わたしは心の中で叫ぶ。
なんてエポックメイキングな日。
わたしは西田教授に認められたんだ。
だけど、
『喜怒哀楽や政治・思想を超えた所に、文学の神髄は存在する』
って、どういうことだろう?
文学って、喜怒哀楽や思想を描くものだと思っていたんだけど…
西田教授のおっしゃることは、やっぱり深い。
わたしがもっといろんな経験を重ねて、たくさんの作品を書いていかないと、この言葉の真意はわからないのかもしれない。


 火曜日の午後はみっことは選択教科が違うので、別々に講義を受けて、そのあとカフェテリアになんとなく集まるのが、いつものパターン。

「あの… 弥生さん。今いい?」
講義のあと、筆記用具を片づけているわたしのうしろから、そう呼びかける女性の声がした。
振り向くと、そこに立っているのは黒髪でストレートボブの、瞳がクリクリと可愛い女の子だった。
「わたし、中原由貴ですけど… 覚えてます?」
「ええ、もちろん」
彼女とは夏休み前に一度だけ、話したことがあった。
なにかの講義の時に隣の席になって、資料を見せてあげたんだっけ。
恥ずかしがり屋のおとなしい子で、美術部に所属していて、趣味でコミックイラストを描いている話とかを、頬を赤らめながらしてくれたけど、そのとき以来、彼女と口をきく機会はなかった。
「弥生さん、今からカフェテリアに行くんでしょ? わたしもいっしょに行っていいですか?」
「え? いいけど…」
わたしがそう答えると、彼女は嬉しそうに『ほっ』と息をもらし、うつむく。
そんな彼女がいったいどうして、わたしに声をかけてきたんだろ?

「弥生さんって、森田さんと仲いいですよね」
「みっこ? ええ、まあ…」
「実は… 今日はお願いがあって…」
「お願い?」
「ええ…」
講義室からカフェテリアに続く長い廊下を、彼女は大きな分厚いバッグを両手で抱えながら、躊躇(ためら)うように歩く。やがて、意を決したように、中原さんは真剣なまなざしをわたしに向けた。
「わたしに森田さん、紹介してくれませんか?」
「紹介?」
「あの… 弥生さんを利用するみたいで悪いんですけど。弥生さんって、だれにでも気やすく接してて、いつもニコニコしてるから… 勇気を出して… お願いしてみようかなと」
中原さんはそう言いながらうつむき、リンゴのように頬を真っ赤に染めて、話を続けた。
「わたし、新しい絵を描こうと思ってるんだけど、今イメージしている絵のモデルを、森田さんにお願いしたいんです。コミックイラストと違って、絵画って、ちゃんとモデルいないと描けないし…」
「モデルねぇ… わたしはいいんだけど…」
そう答えながら、わたしは戸惑った。
学園祭のときの、被服科の小池さんの一件もあるし、みっこがモデルを引き受けるとは思えないんだけど。
「森田さんがファッションショーのモデルを断った話は、知っています。森田さんって、東京から来たんでしょう? いい所のお嬢さんだって聞いているし、美人だしスタイルいいし、なんだか近寄りづらくって。わたしなんかが話しかけても、相手してもらえるかどうか…」
「そんなことないわよ。みっこって、見かけによらず気さくだし」
「それに森田さんって、モデルやってたじゃないですか。そんなプロの人にお願いしていいものか…」
「『モデルやってた』って…?」

どういうこと?
学園祭のとき、みっこは『モデルにはならない』と言ってたけど、『モデルをやっていた』なんて言わなかった。

「あ!」
そのとき、中原さんがそう声を漏らして立ち止まったものだから、わたしの思考は途切れた。
中原さんはカフェテリアの入口で、ミキちゃんやナオミといっしょに窓際の席に座って、『午後の紅茶』を飲んでいるみっこを、まぶしげに見つめている。
「あ。さつきっ」
みっこはわたしを見つけて手を振ったが、隣の中原さんに気がつき、『おや?』という風に小首をかしげた。
「みっこ、彼女は中原由貴さん。さっきの講義でいっしょになったの」
「中原由貴さんね? よろしくね」
みっこは愛想よく彼女に微笑みかける。それを見て中原さんも安心したのか、『よろしく森田さん』と挨拶してみっこの隣に腰をおろし、いきなり本題を切り出してきた。
「わたし、美術部に入ってて、絵画とか、コミックイラストとか描いてるんです。あ。これなんですけど…」
そう言って彼女は、手に持っていた大きなバッグから、A3サイズのクリアファイルを取り出して、みっこの前に広げてみせる。
「わぁ。素敵なイラストね〜! ねえ、見て見てさつき!」
みっこは彼女の絵を見ながら、感心したように言った。
『わぁ〜』『かわいぃ』と、ミキちゃんやナオミもみっこの横からのぞき込んで、歓声をあげた。
中原さんの絵は、絵画もコミックイラストも、ふんわりと優しい色使いで、マリーローランサンの描く絵のような、美しい儚さを漂わせていた。甘美な官能の中にたゆたう美少女は、どことなく森田美湖に似ている気もする。わたしは絵の技術や画材のことなんてわからないけど、中原さんの描く絵は、魅力的で好感が持てた。みっこも中原さんのイラストに魅せられるように、ページをめくっていった。
「あ。あたしこの絵、好き」
みっこはそう言って、ページをめくる手を止めて瞳を輝かせた。それはバレエの衣装を纏った美少女のイラストだった。彼女の言葉に中原さんはポッと頬を染める。
「それ、実は森田さんをモデルにして描いたイラストなんです」
「え?」
みっこは不思議そうに中原さんを見つめる。中原さんはバッグの中からもう一冊、クリアファイルを取り出しながら言う。
「実はわたし、ポーズとかイメージの資料に、雑誌の切り抜きとかパンフレットとか集めてて、その絵はこの写真を参考にして描いたんです」
そう言って、彼女はクリアファイルのページをめくり、チュチュ姿でバレエのポーズをとっている美少女の写真をみっこに見せた。

え?
この美少女って、もしかして…

「うっそ〜おっ。これ、みこちゃん?」

最初に叫んだのはナオミだった。
そう。
まぎれもなく、その印刷物に写っている美少女は、森田美湖だった。
印刷物の中の彼女は、今より少し幼いけれど、変わらない魅力的な微笑みを浮かべて、レオタードとチュチュ姿でわたしたちを見つめている。写真のはしには企業のキャッチコピーが入っているから、それがなにかの広告の切り抜きだというのはわかった。
「森田さんの写真、わたし偶然切り抜きしてて。他にもあるんですよ」
そう言いながら、中原さんは付箋のついたファイルのページをめくる。化粧品会社や銀行、保険会社と、いろんな表情をしたみっこが、次々と現れた。

わたし、知らなかった。
みっこは実際にもうこんなに、たくさんのモデルの仕事をこなしていたなんて。
「森田さんはわたしが好きだったモデルさんなんです。そんな人が同じ大学に通っていて、こうして実際に会えるなんて。あまりの偶然に、わたしほんとにびっくりして、感動したんです」
中原さんは赤い頬をさらに染めて、言葉に力を込める。
「…ありがとう」
みっこは視線をクリアファイルの自分の写真に落としながら、ひとことそう言い、そしてなにかに思いを巡らせるように、瞳を閉じて沈黙した。
「それで… わたし。次に描くイラストに、よかったら森田さんに、モデルしてもらえないかなって思って…」
「ごめんなさい。遠慮しておくわ」
中原さんが最後まで言い終わらないうちに、みっこは彼女の言葉を遮って言った。中原さんの表情が、みるみるうちに青ざめていく。
「ごっ、ごめんなさい。森田さんってプロのモデルさんだから、アマチュアのわたしなんかがこんなことお願いするの、失礼ですよね。本当にごめんなさい」
彼女はあやまりながら、後悔を滲ませるように唇を噛んでうつむいた。
「そうじゃなくて… あたし、もうモデルやめちゃったから…」
みっこはそう言って、最後までは語らず、みんなから視線をそらせてしまった。
彼女は、あの、夏の海で見せたような厳しいまなざしで、カフェテラスのはるか向こうの、わたしたちには見えない、遠いところに目を向けている。取りつく島もない。

みっこ…
わたしには、彼女の心がどんどん閉ざされていくのが、よくわかる。
中原さんになんの悪気はなかったとしても、みっこの過去のモデルの姿は、彼女の現在に鋭く突き刺さり、新しい傷を作ってしまったのかもしれない。
森田美湖は、この西蘭女子大に、過去の自分と訣別するためにやって来た。
だから、わたしにも自分の過去を話したがらなかったし、いろいろ話してくれた学園祭の夜にも、モデルをやってたことまでは話してくれなかった。
でも… それって、すごく寂しい。

『弥生さつき』って、そんなにあなたの力になってあげられない友だちなの?
わたしは、あなたがそうしてくれたように、あなたの傷を癒す手伝いをしてあげたい。
例えわたしにそんな力はなくても、せめてあなたの迷宮の出口を、探す手伝いくらいはしてあげたい。
だけどわたしは、それさえできない程度の友だちなの?
みっこが本当に『大学生活で自分を変えたかった』って言うのなら,あなたのことを本当に親友だと思っているわたしに、少しくらいは心を開いてほしい。

ミキちゃんやナオミは、そんなみっこの思いつめた様子に気づくこともなく、由貴さんのイラストやみっこの切り抜き写真を、興奮した様子でめくっている。
その隣で,みっことわたしと中原さんの間には、張りつめた時間が流れていた。その緊張に耐えきれないかのように、中原さんは立ち上がり、か細い声で言った。
「本当にごめんなさい、森田さん。わたしこれで失礼します。今日のことは忘れて下さい。ごめんなさい」
そう言いながら中原さんは急いで、クリアファイルをバッグに戻す。
「みっこ… いいの?」
わたしはいてもたってもいられない気持ちで、みっこにささやいたが、彼女はなにも言わず、頬杖ついたまま、窓の外を眺めている。
中原さんはバッグを肩にかけ、席を立ち、背中を向けて頬杖ついたままのみっこにお辞儀をし、立ち去ろうとする。
「みっこはこの大学で、自分を変えたいんでしょ? いつまでも殻に閉じこもってて、いいの?」
あまりにせつなくて、わたしは思わず声を高めてしまった。
それは、みっこの気持ちに土足で踏み込む行為だとわかっていたけど、わたしはそう言わずにはいられなかった。

「…由貴さん」

虚ろに視線を外に向けていたみっこは、ため息のようなかすかな声で、中原さんを呼び止めた。中原さんは背中を向けたままぴくんと肩を震わせ、その場に立ちすくむ。
「あたし…… なにをすればいい?」
みっこはそう言ってゆっくり振り向き、中原さんに視線を向け、ぎこちなく微笑んだ。
中原さんは『信じられない』といった表情で振り返り、みっこを見つめている。
わたしだって信じられない。みっこがそんな風に言うなんて。

「え…」
「どんなイメージの絵なの?」
「ドレスを着て、講義室で、王女さまみたいに、佇んでいる感じで…」
ぽつぽつと、中原さんが話しはじめる。みっこは反復するように答える。
「ドレス… 王女さま…」
「真っ白で、長いチュールのトレーンのドレスなの。
夕方のオレンジ色の光が、古ぼけた講義室の高い窓から差し込んで、ほの暗い講義室のその光の中で、ドレスを着た女の子が、ほんわりと教室に浮かび上がってて、髪にはエンジェルリングが輝いていて…」
「わあ。きれい!」
わたしはその光景を想像して、思わず口をはさんでしまう。
「ほんとに、わたしがモデルでいいの?」
みっこははにかむように中原さんに聞く。彼女は満面の笑みを浮かべて頷く。
「ええ。ええ。森田さんにぜひお願いしたかったの! ドレスはお古だけど資料用に買ってたものがあるし、北側の蔦のからまった煉瓦づくりの旧校舎が、わたしのイメージにぴったりの場所なの! そこで写真撮らせてもらって、それを元に絵を描かせてほしいの!」
「由貴さんのイメージどおりできるかわからないけど、あたし、やってみる。さつきも手伝ってくれる?」
「え? わたしが?」
「由貴さんいいでしょ? さつきにメイクとか衣装の手伝いしてもらっても。撮影となれば、人手もいるしね」
「もちろんよ! 嬉しいです!」
「みっこ…」
わたしはそれ以上は言えず、彼女をじっと見つめた。みっこもわたしを見て、かすかに微笑む。ほんのちょっとだけど、わたしはみっこが殻を破る手伝いをできたのかな?
「お礼、どうしたらいいですか? 森田さん、プロのモデルさんだし…」
「そんなのいいわ。あたしは友だちとして、由貴さんの制作の手伝いがしたいのよ。モデルもやめちゃったしね」
「ほんとに?」
「それに、あんな綺麗な絵のモデルにしてもらえるんだもの。あたしの方がお礼したいくらいよ」
「ありがとう、森田さん」
「みっこでいいわよ」
「え〜、いいなぁ〜、みこちゃん。あたしも描いてほしいぃ〜」
「わたしもなにかお手伝いできることがあったら、言って下さいね」
穏やかに流れ出した会話に、ナオミやミキちゃんも加わる。
結局ナオミたちも撮影の手伝いをすることになり、みんなでスケジュールを決めたり、衣装や小物の打ち合わせなんかやって、傾いた西日がサンルームいっぱいに差し込んでくるまで、わたしたちはこのカフェテリアで話し込んでいた。

 だいたいの打ち合わせが終わったあと、みんなと別れて、わたしはみっこと学校から続く大通りのポプラ並木を歩いていた。冷たい木枯らしが秋の終わりを告げるように、わたしの首筋をかすめていく。
みっこは真っ赤なハーフコートのポケットに手を入れて歩きながら、思い出したようにわたしに言う。
「ありがと。さつき」
「え? なにが?」
「あのとき、あたしのこと、叱ってくれて。『いつまでも殻に閉じこもってて、いいの?』って」
「え? 別に、叱ったわけじゃ… わたしの方こそ、みっこの気持ちも考えずに、あんなこと言っちゃって…」
「ううん… 嬉しかった。あたしほんとに、さつきの言うとおりだったと思うもの。これからは少しずつでも、前に進んで行かなくっちゃね」
「そう? よかった」
「あたし… 待ってたのかも」
「え? なにを?」
「あたしの背中を押してくれる、なにかを… 自分ひとりの力じゃできないことって、あるものね」
「そうね。特に自分のことって、自分だけじゃどうしようもないときって、あるよね」
「ふふ。 撮影の日が、楽しみ」
「うん。わたしも」


 そして撮影の日。
由貴さんが心に描いていたような晩秋の綺麗な光が、旧校舎の埃をかぶった教室に溢れ、その中に、わずかに生成りがかった白いドレスを纏ったみっこがたたずむ。彼女は長いチュールのトレーンを軽々となびかせて、光の中を舞う。
絹のようにつややかなストレートヘアが、みっこの動きに合わせて、サラサラと流れる。
彼女は光の位置を計算しているかのように、絶好の場所に立って、髪に綺麗な天使の輪を作って、わずかに会釈する。
それはまるで、わたしの書いた小説のタイトルじゃないけど、『講義室の王女』のように、優雅で美しい光景だった。
由貴さんはそんなみっこを、『取材用に買った』という一眼レフカメラで、夢中で撮っている。
ミキちゃんは手作りの小物で、ドレスやみっこを飾ってくれたし、ナオミもレフ板を当てたりして、撮影の手伝いを懸命にやってくれた。

 そんな光景を見ていて、わたしは先日の、西田教授の研究室でのことを思い出した。
そりゃ、わたしたちはまだまだ子どもで考えも甘いし、あの講師の方の言うように、『文化的貢献』なんて、なんにもできないかもしれない。
だけど、みんなそれぞれ、なにかを求めて、追いかけて。自分にできる『なにか』を探してるんだ。
『女子大生』なんて肩書きは、長い人生のほんの一瞬でしかない。
その一瞬の間に運よく、自分の求めるものが見つかればいいけど、もし、自分が本当に打ち込めるものを、女子大生の間に探し出せなくても、まだまだ先は長いわよ。

「さつき、なに考えているの?」
撮影が終わって、みんなとファミレスで打ち上げをしたあとの帰り道、とりとめもなくそんなことを考えていたわたしに、みっこは訊ねた。
「うん。こないだの西田教授の研究室でのこと」
そう言って、わたしはあのときの西田教授や講師の方との会話を、みっこに話す。

「みっこは、今の女子大生を見てて、どう思う?」
みっこは軽く腕組みしながら、少し考えて言った。
「ん〜… なんか、もったいないのよね」
「もったいない?」
「女子大生でいられるのって、そんなに長い間じゃないのに、目先の楽しい誘惑にばっかりとらわれちゃって、なにか大事なことを忘れてる気がするのよ。忘れたまま、漠然と毎日を過ごしてる気がして、なんか焦っちゃう。まあ、それは自分のことなんだけどね」
「そうよね〜。その『大事なことを忘れてる』って感覚。なんとなくわたしにもあるなぁ。でも、なにを忘れているのかは全然わからないんだけど」
「まあ、熱中するなにかが見つかれば、そんな感覚もなくなるかもしれないけど…」
そう言いながら、みっこはなにかを思いついたように、ぱっと瞳を輝かせた。

「ねえ、さつき。今度ディスコに行かない!?」
「ディスコ? いきなりなんなの? その会話の流れ」
「こないだの学園祭のダンパじゃ、全然踊れなかったし。あたしは踊りに飢えてるの」
「フォークダンスで踊ったじゃない?」
「違うわよ。もっと、こう… 自分のぜんぶを出し切る感じで…」
「みっこ、踊るの好きって言ってたもんね」
「そうなの。自分のからだでなにかを表現するのって、大好き!」
そう言ってみっこは両手を広げ、クルクルとまわった。ハーフコートがふわりと舞い上がり、プリーツのミニスカートがひらめく。

「さつきは行ったことある? ディスコ」
「な… ないわよぉ」
「じゃあ、行ってみようよ。西田教授の言うような『今どきの女子大生』ってのも見られて、いろいろ参考になるかもよ。知らない世界を見ておくのも、小説家の勉強よ!」
「え〜? そうなの?」
ディスコって、ワンレングスのお姉さんたちがお立ち台の上で、パンツが見えそうなくらいピッチリした超ミニのボディコンを着て、ファーのついた扇子を持って踊り狂ってるってイメージがあるけど、それはもしかして例の講師が言うように、マスコミがそういう『特殊な』女子大生だけを『スポイル』してるのかもしれない。
だったらみっこの言うとおり、この目で実際のディスコを見ておくのは、悪いことじゃないかもしれないわね。

「そうねぇ。行ってみてもいいかも」
「やったね。じゃあ… 12月7日とかどう? ちょうど金曜日だし、遅くまで騒げるわ」
「うん。いいけど」
「川島君も誘ってみたら?」
「川島君も?」
「そ。せっかくディスコに行くのなら、やっぱりペアで行きたいじゃない」
「そんなものなの?」
「ダブルデートなんてどう?」
「ダブルデート!?」
わたしは思わず聞き返す。みっこ、いつの間に彼氏なんてできたの?
「み、みっこ、恋人いるの? まさか、上村君?」
「まあ、それはいいじゃない。その夜までのお楽しみ」
「…」
「じゃあ、7日の夜7時に、駅の西口で待ち合わせしましょ。いいでしょ?」
「う… うん」
「あたし、すっごいカッコしてくるからね。さつきもおしゃれしてきてね」
「えっ! ええ… 『すっごい』って…」
「じゃあ、今日はここで。おやすみなさい」
「お、おやすみ」

わたしに疑問も質問も与えるすきも見せず,みっこはさくさくと段取りを整えると、ハーフコートをひるがえして、街の雑踏の中にまぎれていった。

END

8th May 2011

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