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Love Affair


RRRRR… RRRRR… RRR…

「はい。森田です」
「…みっこ?」
「あ、さつき?」
「わたし、今すぐみっこに逢いたい」
「…いいわよ」
「4時に、地下街のインフォメーションのとこで待ってる。来れそう?」
「わかったわ」


 途切れることもなく、地下街の大通りを人が流れていく。
ざわめく雑踏。街の喧噪。
そんな中に埋もれていると、自分の存在って、ほんとにちっぽけなものなんだなって、思ってしまう。
わたしひとりの力じゃ、このたくさんの人の流れを止めることはできない。
ひとりの人間の悩みも苦しみも、この大きな流れの中では、一瞬のあぶくにもみたない。
こうして地下街のショー・ウィンドゥの前にたたずむわたしは、ただの街角の無機質な飾り。
そう。
今のわたしは、ただの飾りでいることが、心地いい。

 わたし、ひとりになりたくない。
例え見知らぬ他人でも、大勢の人に囲まれているのを感じていたい。
そうでないと、自分がどこかへ消えてなくなってしまいそうになる。
なんだかみじめで、情けない感傷…

 インフォメーションの仕掛け時計が4時を打ち、人形たちが『皇帝円舞曲』を奏でる。わたしはただぼんやりと、人形たちがウィンナーワルツを踊るのを眺めていた。

「…」
ふと気がつくと、森田美湖がわたしの横に立っていて、いっしょに仕掛け時計を見上げている。
わたしがみっこに気がつくと、彼女もわたしを見た。みっこはしばらくなにも言わずにわたしを見つめていたが、おもむろに一輪の花を差し出した。
「え? これ、わたしに? でも、なぜ…」
突然の思いがけない贈り物に、わたしは驚いてみっこに訊いた。
「電話の声で、なんとなくわかっちゃった。これはあたしからの、おわび」
真紅のカーネーション。
花言葉は、『傷ついた心』。
みっこは続けた。
「あたし、悪いことしちゃったな。あなたをけしかけるようなことばかり言って… ごめんなさい」
彼女の言葉を聞いているうちに、わたしはのどが詰まって、涙が出そうになってきた。
この子は、なんて優しいんだろ。
百の言葉より嬉しい、ひとつの言葉ってある。
月並みな台詞でなぐさめられるより、ひとつの花がわたしの心を癒してくれる。
「みっこがあやまること… ない」
言葉にしたとたん、のどにつかえていたものは、一気に嗚咽になってこみ上げてきて、わたしは思わずしゃくり泣いてしまった。
『ううっ、ううっ』と、みっこが見てるのに、通りすがりの人が振り向いて、恥ずかしくてみっともないのに、とても安心できて涙が止まらない。みっこは黙ってハンカチを差し出す。彼女はなにもかも察していて、わたしをこんなに気遣ってくれる。
この時くらい、わたしはみっこが親友でほんとによかったって、思ったことはなかった。
「ありがと… みっこ。わたし今日、みっこに、会えて、よかった。
ありがと、カーネーション」
わたしはそう言うと目を閉じて、落ち着きを取り戻すように、ひとつ大きく深呼吸をする。そして勇気を出して、近くの電話ボックスに向かった。
アドレスを見なくても、もう覚えてしまった、でも、もう二度と押すことのないナンバー。
最後の意味を込めて、わたしはひとつづつ確かめるように、プッシュホンのボタンを押した。次第に胸の動悸が速くなり、指先が震える。

やっぱり辛い。

ひとつの恋に終止符を打つなんて、やっぱり辛い。
だけど今のわたしには、もうほかの答えは見つけられなかった。

RRRRR… RRRRR… RRRRR… RRRR…

四つめのコールで、電話がつながった。
「はい、川島です」
少し低い、聞き覚えのある声。愛しい声。
わたしは少しの沈黙のあと、勇気を振り絞って声を出した。
「…川島君? 弥生です」
「さつきちゃん」
電話口から流れてくる、わたしを呼ぶ声。もう懐かしい。
でもわたしは、訣別しなきゃいけない。
「昨日は急に帰ってごめん。そう、ありがと。ううん。今は友達と地下街にいる。うん。うん」
ほんの短い挨拶のあと、わたしは思い切って言った。
「ごめんなさい。わたしサークル、やめる。
え? 違う。そんなんじゃない。
ただ… わたしいっぺんにいろんなこと考えられないし、学校の課題とかで精いっぱいで… 
小説講座? それは続けたいけど… わかんない。ごめんなさい。
…ううん、それはいいの。ええ。じゃ、友だち待たせてるから… さよなら」
わたしは瞳を閉じて受話器を置いた。みんな用意していたシナリオどおり。やめる言い訳も、たぶん引き止めてくれる、あの人の台詞も…
みっこはわたしの隣で、それとなくやりとりを聞いていた様子。

「さつき。海を見に行こうか?」
みっこの言葉に、わたしはうなずいた。


 陽が大きく傾いた秋の港は、やわらかな黄昏の色。
わたしとみっこは、コンクリートで固められた岸壁を、あてなく歩く。
海沿いを走る錆びれた引き込み線のレールの間には、花をつけたセイタカアワダチソウ。
ときおり、貨物船の汽笛が、長い余韻を残しながら、悲しそうに響く。
 わたしは冷たいボラート(係船柱)に腰をおろす。みっこはブルゾンのポケットに手を入れて、立ったままわたしと並び、海を見つめる。彼女の艶やかな長い髪が、陽が沈んで少し強くなった海風にとかれて、生き物のように舞っている。
わたしは視線を落とす。
ゆるやかに波の打ち寄せる船だまりの海も、夕陽の残り日に照らしだされて、鈍い紅色に染まっていた。

「わたし、みっこの言った意味、やっとわかったような気がする」
「?」
「わたしって、とてもつまらなく失恋しちゃったなって、思うの。
みっこの言うように、ドンとぶつかって自分の気持ちを打ち明けてふられたのなら、まだ納得できるけど、なんとなく、川島君の心を知って逃げ出しちゃったから、この行き場のない気持ちを、だれにもぶつけられない」
「じゃあ、さつきは、はっきりとふられたわけじゃないのね」
「同じことよ。はっきりふられても、遠回しにふられても。川島君がみさとさん… ううん、沢水絵里香さんを好きなのは、事実だもん」
「…そう」
「こんなことになるのなら、わたしに中途半端に優しくしてほしくなかった。期待させるようなこと、してほしくなかった。そうじゃなかったら、これからもずっと友達でいれたかもしれないのに…
『さつきちゃん』なんて、呼んでほしくなかった!」
「あたし。そういう考え方… 好かないな」
わたしはみっこを見上げる。彼女は陽が沈んでいく水平線のかなたを見つめている。
少し厳しい横顔。きつく結んだ唇。
彼女はまるで、咎めるような口調で言う。
「だからサークルもやめちゃったの? 川島君にふられたって思ったから? 恋人になれないのなら、顔さえも見られないってわけ? それってさつきの言うように、逃げてるだけじゃない」
「わかってる」
「さつきは自分のこと、かばいすぎる。傷つくことを怖がってばかりじゃ、なんにも得られないわ」
「わかってるわよ! そんなこと」
「…」
予期してなかった、みっこの厳しい言葉。
わたし、心の底では、みっこになぐさめてもらって、いっしょに泣いてもらうのを望んでた。
『そのうち、時が忘れさせてくれるよ』
なんていう、なま優しい言葉を…
でもみっこは、そんな甘い性格の子じゃない。わたしのこと、親身になって怒ってくれる。
だけど… だから、それが辛い。

「ごめんね、さつき。でも、はっきりふられたんじゃないなら、とりあえず、彼とつながるところにいた方が、いいんじゃない? 
そりゃ、『川島君のことなんか忘れて、新しい恋を探したら?』って励ますのは簡単だけど、さつきはそんなすぐには、気持ちの切り替えなんてできないでしょ。だったら、友だちとして。
そうすればあなたが想っている限り、いつかきっとチャンスも巡ってくるかもしれない」
「みっこは厳しいことばかり注文するのね。逃げちゃいけないなんて、無理。
サークルにいっしょにいて、絵里香さんと川島君が仲良くしてるとこなんて、見ていれるわけない!
それこそいつかあなたが言ったように、そんなの『拷問』だわ。わたし、そんなに強くないもん」
「…」
「そりゃ… わたしだってそうしたい。友だちでいたい。
はじめて真剣に恋して、ふられて。それでも逃げちゃいけないなんて、みっこって、残酷すぎる…」
「ほんとに川島君を好きなら、そのくらいのプレミアムは、払った方がいいんじゃないかな?」
「プレミアム?」
「あたし… このごろ思うの。『恋愛の最終ページなんて、ない』って」
みっこはゆっくりした口調で、わたしに、というよりは、まるで自分に言い聞かせるように、話しはじめた。

「ひとつの恋が一冊の本だとしたら、はじめての出逢いのページってのは、必ずあるわ。
そのあとにいろんなお話しがあって、泣いたり笑ったりして、ふたりのページを綴っていって…
でも、おしまいのページって、ない。
たとえ、その時ピリオド打ったつもりでも、続きはあるかもしれない。
それがどんなに『奇跡』に近くっても…」
「…」
「未来のことなんか、だれにもわかんないわ。あたし… さつきが相手のこと想ってるうちは、ENDマークはつかない。奇跡を信じてもいいんだと思う」
「…」
「さつきはまだ、川島君のこと、好きなんでしょう?」
わたしは黙ってうなずいた。せっかく止まっていた涙なのに、また溢れてきちゃいそう。
わたし、みっこの言ってること、すごくよくわかる。
わたしの気持ちは川島君に伝えたわけじゃないんだから、この気持ちさえ隠しておけば、今までのようにサークルの仲間として、つきあっていける。
そうするのがいちばんいいってのは、わたしにもわかる。

でも、もう、どうにもならない。

わたし、あの人の笑顔を見るのが、辛い。
その笑顔が、わたしじゃない別の人に向けられていると思うのが、とても辛い。
絵里香さんにもすぐに気づかれたくらいだから、わたしは自分のこの気持ちを隠し通すなんて、多分できない。そうすれば、他のメンバーにも知られてしまって,絵里香さんが心配しているように、色恋沙汰でサークルを壊しちゃうことにもなりかねない。

川島君からは、わたしのことをあんなに拒むような目で見られて…
次にあんな目をされたら、わたし、心が壊れて、自分が消えてなくなってしまう。
みっこは簡単に『奇跡を待て』なんて言うけど、いったいどのくらい待てばいいの?
そんな、約束のない未来なんて、不安で不安で、たまらない。
そんな、行方のわからない未来を待ち続けるなんて、とっても勇気がいること。
それがみっこの言う『プレミアム』なら、恋愛って、なんて辛いものなんだろ。
みんな、こんな辛い想いをすることがわかってて、やっぱりだれかを好きになってしまうものなの?


「恋をなくすって、ほんとに辛いよね」
長い沈黙のあと、みっこはようやく口を開いた。
「あたし、さつきにずいぶん、わかったようなことばかり言っちゃったけど、ほんとはちっとも、なにもわかってなかった。
恋してる間って、どんなに一生懸命考えたって、なにもわかんないものよね。
なくしてしまって、はじめて、それがどんなに大切なものだったか、わかるんだわ。
そして、それが本当に大切なものだったと思い知って、必要だと手を伸ばしても、もう取り戻せない。
それが『失恋』ってものかも、ね」
「そう… だと思う」
わたしがそう言うと、みっこはまた黙った。そして過去を追いかけるように、視線をうつろに落として、ゆっくりと語りはじめた。

「恋した期間が長いほど。思い出が綺麗であるほど。それを清算してしまうのって、むずかしい。
相手につながるすべての物が、なんだか悲しい遺物になっちゃって、ふたりで聴いたCDは聴けなくなるし、いっしょに行ったお店には、もう行けなくなる。ノートの隅っこに書いたあの人の名前さえも、消しゴムで消してしまいたくなるの。
だけど、そんな風にしちゃったら、今の自分って、なくなっちゃう。
そうわかっていても、どうしようもなく、感情が掻きむしられるの。
だからあたし、今、さつきがどんなこと考えてるのか、とってもわかる、つもり」

みっこはそう言うと瞳を閉じて、ささやくように歌いはじめた。
か細くって、歌詞は聞き取れない。
でも、ゆっくりとした旋律でわかった。
ああ… 竹内まりあの『元気を出して』。


   涙など見せない 強気なあなたを
   そんなに悲しませた人はだれなの?
   終わりを告げた恋に すがるのはやめにして
   ふりだしから またはじめればいい
   幸せになりたい気持ちがあるなら
   明日を見つけることは とても簡単

   少しやせたそのからだに 似合う服を探して
   街へ飛び出せばほら みんな振り返る
   チャンスは何度でも 訪れてくれるはず
   彼だけが 男じゃないことに気づいて

   あなたの小さなmistake いつか想い出に変わる。
   大人への階段をひとつ上がったの

   人生はあなたが思うほど 悪くない
   早く元気出して あの笑顔を見せて

            words by MARIYA TAKEUCHI


彼女の切々とした歌声が、素直にわたしの心に滲みてくる。

 元気を出して…
 元気を出して!

わたし早く元気にならなきゃ。
みっこが心からそう思ってくれることが、とても伝わってくる。
「ありがと、みっこ。わたし、元気出してみる」
「…ん」

みっこは沖の貨物船を見つめたまま、振り向かないで、ポツリと、ひとことだけ言った。
みっこ…

わたしはあなたにも、早く元気になってほしい。

わたし、なんとなく感じちゃった。
まだ、『清算』できていない恋をしている、森田美湖を…
みっこはゆっくり振り向くと、うなずくように首をかしげて、ニッコリ微笑んだ。

「戻ろう? さつき。今日はあたしが、『森の調べ』でケーキセットおごってあげる」

11th Apr. 2011

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