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「さつきにそんな人がいたなんて、びっくりね」
「そ、そうかな?」
「もしかして夏に、『高校の時に好きな人がいた』って言ってた人?」
「そう。みっこよく覚えてるね」
「そっか〜。『焼けぼっくりに火がついた』ってパターンか」
「あ。それ違う」
「え? なにが?」
「それって、恋愛関係だった男女が別れたあと、またくっつくことの例えよ。それに『ぼっくり』じゃなくて『ぼっくい』」
「ふ〜ん。さすが小説家志望だわ。そうよね。さつきは恋愛関係にならなかったもんね」
「うっ… 痛いところを」
「あはは。ごめんごめん」
みっこはまるで反省していない明るい声で謝る。

黄昏の校門へと続く舗道。
街路樹はほんのり秋の色づいていて、下校する女の子たちもみな、枯れ葉色の装い。
みっこは純白の木綿のブラウスにチェックのベストと、ウエストがきゅっと締まったフレアのロングスカート。ポニーテールにした髪を秋風になびかせていく。
「それで。リベンジの恋は、どう?」
みっこはわたしの顔をのぞき込んで訊く。
「わかんない」
「ってことは、全然ダメってわけでもないのね」
「う〜ん…」
「がんばってよさつき。あたしも協力するから」
「みっこが手伝ったりしたら、うまくいくものも壊れそうね」
「ええっ、ひど〜い。そんなこと言うんだったら、徹底的にジャマしちゃうよ」
「冗談よ、冗談。うふ。みっこが協力してくれるんだったら鬼に金棒ね。だってみっこなら、男の子を自由に操れるもの」
「それも冗談よね」
「ね、みっこ。この先の喫茶店に行かない? わたし、もっと話がしたい」
「川島君のこと?」
彼女の瞳がキラッと輝く。
「うん。わたし、みっこにいろいろ聞いてもらいたいな」
「いいわ」
そううなずくと、彼女は銀杏の樹の下で、クルリと回った。


 わたしたちの学校の近くでは、『森の調べ」という喫茶店がいちばん人気があって、おいしい。
綺麗な芝生にしゃれたテラスがあって、植木や鉢の陰から、うさぎやリスの置き物が顔を出している、アーリーアメリカン調の可愛い喫茶店。
「なににいたしましょう?」
『不思議の国のアリス』風のエプロンドレスを着たウエイトレスが、オーダーを取りにくる。
「あたしはストレートティ。さつきは?」
「わたし、ケーキセット。ケーキは『タルトモンブラン』で」
「お飲物はいかがいたします?」
「ミルクティをお願いします」
オーダーを繰り返して戻っていったウエイトレスを見ながら、わたしはなに気なくみっこに聞いた。
「そういえば、みっこがケーキ食べてるとこ、見たことないね」
「そう…」
みっこはちょっとなにかを考えていた様子だったが、さっきのウエイトレスを呼ぶと、オーダーを訂正した。
「すみません。わたしもケーキセットでお願いします。ティラミスを。ドリンクはそのままで」
みっこはそう言ってメニューを閉じると、なにかを思い出すように、クスッと笑う。
「そういえばあたしね。学校の帰りに喫茶店とかケーキ屋さんに、友だちと寄っておしゃべりするのに、ずっと憧れてたの」
「ふうん。そんなことに?」
「そう? そうよね。そんなのふつうよね。」
みっこは話をちょっと区切って、窓の外を見る。
「でもあたし、高校の頃までそんなふつうのことさえ、したことがなかったし、そうする友だちもいなかった。だから大学に入ったら、思いっきり自分のしたいことしようって、決めてたの」
わたしの脳裏を、ふと、『ブランシュ』の伊藤さんの言葉がかすめた。
みっこは小学校の頃から、ずっと友だちも作れずにいたのかしら?
そりゃ、少しわがままで気が強い子だけど、ちゃんと気配りができるし友だち思いだし、みっこは女の子から嫌われるようなタイプじゃないと思うけどな。
「みっこはどうして、友だちいなかったの?」
「…」
わたしの質問には答えず、彼女は頬杖ついて、窓の外の夕暮れをじっと見つめている。わずかに愁いを含んだ瞳に、鈍く赤い陽が透けてみえる。
みっこの台詞にブランクが空くたびに、わたしはまだ、自分とは遠い彼女を感じて、淋しくなってしまう。
みっこにとってわたしは、まだ、なんでも話せる親友じゃないのかしら?
それとも、ひとりでいることに慣れすぎたみっこは、誰にも心の隙を見せられない、強すぎる女の子になってしまったのかしら?
「まあ、いいじゃない。先にあなたのこと話してよ。さつきと川島君のこと、聞かせてくれるんでしょ」
みっこはそう言って、また話をそらした。
まあ、仕方ないか。
いつか、みっこが自分から話してくれるまで、わたしは待つしかないかな。

 わたしはみっこに川島君のことを、詳しく話した。
九州文化センターから、再会した本屋。ふたりで行った『紅茶貴族』。別れ際の『さつきちゃん』のひとこと。先週と先々週の小説講座のあとにもお茶を飲んでいろいろ話して、最後に、来週の日曜日に、川島君の同人誌の集まりに行くことをつけ足した。
「ふうん。じゃあ、かなり進んでるんじゃない」
「そんなことないわ。『会う』っていっても、サークルの仲間っていうか、趣味のつながりだけで会ってるだけだもの」
わたしは、「ふう」とため息をつく。
「わたしって欲張り」
「なにが?」
「初めてあの人と『紅茶貴族』に行ったときは、もうこれ以上ないってくらい幸せだったのに、二回三回って会ってるうちに、今じゃそれ以上のことを求めてるみたいなの。そんなのわがまま… よね」
「恋愛したいんだから、それって当たり前じゃない?」
「恋愛… したい」
言葉って不思議。
声にしたとたん、それが実現するような気がする。
でもそれは、叶わない望み。
わたしは自分の台詞が辛かった。
「ダメ」
「どうして?」
「川島君。つきあってる人、いるもん」
「そうなの?」
「下級生の可愛い女の子。今年の冬からつきあってるみたいなの」
こんな話をするのは辛い。
口にすると、当時の情景とか感情とかがリピートしてきちゃって、何度も失恋を繰り返す気分。

 それでもわたしは、みっこにすべてを打ち明けた。
「川島君、その『恵美ちゃん』って子と、今もつきあってるの?」
「…わかんない」
「なんだか状況証拠ばかりで、決定的なものがないのよね」
「決定的?」
「恋愛したいのなら、ただ待ってるだけじゃなく、川島君に直接確かめてみるべきだわ。そして自分の気持ちをちゃんと伝えるのよ」
「簡単に言うけど、それができるのならこんなに悩まないわよぉ。 それに…」
「それに?」
「わたし、友達のままでも結構いいと思ってるんだ。たまにお茶飲んだり、趣味の話をしたり、これから同人誌活動をやっていくのなら、もっといっしょにいられるかもしれないし」
みっこはわたしの言葉に、じっと耳を傾けている。
「わたしがそう言ってしまうと、よくも悪くも、今のふたりの関係を壊してしまうことになるでしょ。わたし、あの人を傷つけたくない。だからずっと、ただの友だちのままでもいいんじゃないかなって、思うの」
「…それって、『傷つけたくない』じゃなくて、『傷つきたくない』じゃないの?」
「え?」
「さつき。もし彼が『ぼくの恋人だよ』って、あなたに恵美ちゃんや他の女の子を紹介したとして、あなた『よかったね』って、笑って言える?」
「…」
「友達だったら、そう言わなきゃいけないんじゃない?
友達なら、彼の前で泣くことも怒ることもできないのよ。そんな資格ないのよ。ただ祝福するだけなんて、それでずっといっしょにいるなんて、そんなの拷問よ。さつきはそれでいいのね」
「そんな…」
「あなたが『好きだ』って言ったって、川島君が傷つくはずないじゃない。さつきの『友だちのままでいい』っていうのは、臆病のいいわけだと思う」
「そういう言い方って、ひどいんじゃない?」
「ほんとのこと言っただけよ。振り向いてもらう努力をして、それでもダメなら友だちのままでいいってのならわかるけど、『好き』って気持ちを押し殺して、ズルズル友だちでいるような恋って、ずるい。
あたし、あなたにはそんなつまらない恋愛、してほしくないわ」
次々とわたしを貫くみっこの言葉に、わたしは恥ずかしくて口惜しくて、すっかり混乱してしまった。
「みっこは、あなたが綺麗だからそんな強気なことが言えるのよ。
あなたはいいわよ。あなたから愛されて、告白されて、拒む男の人なんて、いるわけないじゃない。
わたし、ブスだもん。あなたと違って顔もスタイルも…」
そう言いながらみっこの顔を見て、わたしはドキリとした。

彼女は完全に顔色を変えている。
厳しいまゆ、わたしを睨んだ瞳。きつく結んだ唇。
「あたし」
彼女はわたしから視線をそらせて、突き放すように言う。
それは静かな、しかし、憤りを抑えた声色だった。
「美人とかブスとかで、女の価値を決める男なんか、軽蔑する」
「…」
「あなたの川島君がそんな男なら、さっさと止めちゃえばいいんだわ」
「…」
「…」
そのあとふたりとも、しばらく口をきかなかった。


 わたしは別に、みっことケンカしたいんじゃない。
わたしはやっぱり彼女のことが好きだし、親友って思ってる。
だけど、感情が暴走してどうにもならないことって、あるよね。
こういう時は、しばらく間を置いて話した方が、いいに決まってる。
そしてみっこも、そう感じているみたいだった。

 わたしとみっこは黙ったまま、『森の調べ』を出た。
ふたりはそのまま並んで、銀杏の並木道を歩いた。
カサカサと、落葉を踏みしめる音だけが聞こえる。
わたしはなんとかして、仲直りのきっかけをつかもうとしていた。

「ごめんなさい」
先に口を開いたのは、みっこの方だった。
「え?」
「あたし、かなり言いすぎたみたい。あやまる」
彼女は足元の落葉を見ながら、言った。

意外…

彼女、ただ気が強いだけじゃなくて、自分の感情を切りかえるのも、うまいんだ。
わたしは少し安堵して答えた。
「ううん。いいの。みっこがわたしのこと真剣に考えてくれてるの、よくわかったし。
確かにかなりムッときたけど… 親友だからきつい忠告してくれたんだと思うし。『良薬は口に苦し』って言うじゃない」
わたしの言葉を聞いて、みっこはようやくこちらを向いてニコリと微笑んだ。
「あたし、こんな強情でわがままで、なんでも思ったことを、ストレートに言ってしまう性格でしょ。しかも言い方きついし。だからずいぶん、友だちもできなかったし、できてもすぐにケンカ別れしちゃってた」
みっこ…
それってずいぶん前の、
『みっこはどうして、友だちいなかったの?』
って、わたしの問いかけへの答えなの?
彼女は続ける。
「それにあたし、小さい頃からずっとピアノとかバレエ習ってて、学校が終わってもあまり友だちと遊べなかったし、ママは厳しくて、あたしが外で間食するのを許してくれなかったの。だから、だれかから『ケーキ屋さんに行こう』とか誘われても断ってて、そうするうちにだれも誘ってくれなくなって… 
クラスのみんなはあたしのこと、『お高く止まったとっつきにくい女』って思ってたわよね。きっと」
「みっこはそれがイヤだったのね。それで、大学に入ったら自分のしたいことしようって、決めてたのね?」
「そう」
「みっこって、妥協できない性格なんだ」
「どういうこと?」
「なんて言うのかな… ふつう、友だちの恋なんてけっこうどうでもいい話で、相談したって、みんな当たりさわりのないこと言って、無難に答えるものでしょ。でもみっこって、本当に真剣に考えて、答えてくれたわ。言い方はきついけど」
「…」
「でもわたし、そんなみっこと親友になれて、本当によかったって思ってるよ」
わたしがそう言うと、彼女はクルリと背を向けて、その場に立ち止まった。
「どうしたの? みっこ」
「なんでも、ない」
みっこはわたしの顔を見ないまま、ひとことだけ答えた。
彼女はバッグからハンカチを取り出し、それを顔に当てている。
えっ?
みっこ…
彼女は背中を向けたままうつむいて、目頭を押さえている。
その姿がいつもの彼女より、さらに華奢で、小さく見えた。
あんなに生意気でわがままな彼女に、こんなに脆い面があるなんて…

やだ。
なんだかわたしの方まで、目頭が熱くなってきちゃうじゃない。
「あたし。近ごろ。思うの」
みっこは背中を向けたまま、ゆっくり言葉を区切って、話しはじめる。
「恋って、結果じゃない。
『恋をした』『誰かを愛した』ってこと、そのものが、自分にとって大切なことなんじゃないかな、って」
みっこはハンカチをしまいながら、ようやくわたしの方を振り向く。
「そしてそれが、女の子をもっと磨いてくれるものじゃないかしら? あたし、さつきには自分をもっといい女にするような恋愛、してほしいなって思う」
みっこの話は、現在完了進行形。
もう『結果』の出てしまった恋を、彼女はいろんな形で想い出しているのかもしれない。

『この話は、もうやめよ』
ふたりで海に行ったとき、彼女はわたしの質問を拒んだ。
それはきっと、まだ傷跡の生々しい想いがあるから。
だからこそみっこは、わたしの恋のアドバイスにも、あんなにもひたむきになれるのかもしれない。

「それにね」
わたしの思いを遮るように、みっこは明るく言った。
「あたし、川島君もさつきのこと、好きなんじゃないかな? って思うの」
『えっ! どうして?」
「カンよ。だいいち『さつきちゃんて呼んでみたかった』なんて、あなたのこと好く思ってる証拠じゃない。家まで送ってくれるのだって、同人誌に誘ったのだって、少しでも長くあなたといたいからじゃないかな?」
「ほんとに、そう思う?!」
みっこは返事のかわりに、ニッコリ微笑んでみせた。
「さつきがさつきらしくしていれば、川島君はもっとあなたのこと好きになるんじゃない?
あなた、魅力あるもん」
「魅力って」
「この際恵美ちゃんのことは置いといて,全力でぶつかっていったら? どう転んでも、その方がすっきりすると思うわよ」
「ん… やってみる」
そう言ってわたしも、みっこに微笑み返した。

彼女のさりげないひとことが、わたしの恋のゆくえに、ほんの小さな灯りをともしてくれたみたいで、わたしはすごく元気が出てきた。

END

9th FEB 2011 初稿

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