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Audition



 ゆうべから降りだした雪は一晩中やまず、今朝の西蘭女子大学のキャンパスは、純白のウエディングドレスを纏ったように、一面雪景色だった。
午前の授業を受けている最中に、ようやく雪はやみ、代わりに太陽が雲の間から顔を出す。中庭に積もった雪の粒が、キラキラと反射する様子が、とっても綺麗。
そんなキャンパスを、わたしとみっこは、学生食堂の窓辺から眺めていた。
スチームのよくきいた昼休みの食堂は、いつもより人が少なく、雪に照り返された光が、曇ったガラス越しにまぶしいくらいに差し込んで、部屋全体が白くかすんで見えるよう。
わたしは曇りガラスを手で拭きながら、みっこに言う。

「すごく積もったね。電車もだいぶ遅れたし、今日は休講も多いみたい」
「福岡でも冬は寒いのね。なんだか意外だな」
そう言ってみっこはクスリと笑う。
「ママがね、昔、冬に九州に行ったとき、『九州って南国だからコートはいらないわね』って思って、薄いワンピース一枚で飛行機に乗ったんだって。でも空港に着いたら雪が降ってて、寒くて寒くて、そのときはじめて『九州でも雪が降るんだ』って知ったそうよ」
「あはは。鹿児島や沖縄ならわかるけど、福岡だと東京とそんなに緯度も変わらないじゃない」
「ママって地理音痴だから」
「それって、『音痴』とは言わないんじゃない?」
「そっか。えへ」

 ランチセットを食べながら、そんな他愛もない話をしているとき、ナオミがなんだか元気のない様子で、食堂に入ってきたのが見えた。みっこは軽く手を振る。ナオミはみっこを見つけて、力なく手をあげた。
 そういえば、この頃のナオミはなんだか変。
いっしょに食事していてもあまり食べないし、あれだけ休み時間の度に食べていたアイスクリームやチョコレートを、ほとんど食べなくなった。
「ねえ、みっこ。最近のナオミ、どうしたのかしらね?」
カウンターでのろのろとお皿を載せているナオミを見ながら、わたしはみっこに言った。
「あれで元気いっぱいだったら、ナオミってスーパーガールよね」
「あれでって、みっこは理由(わけ)、知ってるの?」
「知ってるわよ」
「いったいどうしたの?」
わたしがみっこにそう訊いたとき、サラダと紅茶だけをトレイに置いて持ってきたナオミが、おっくうそうにわたしたちの隣の席に、ドスンと腰をおろした。
「あ〜あ。思いっきり食べたいな〜! あ。みこちゃんの食べてるピザ、おいしそ〜。いいな〜」
ナオミはそう言いながら、手元のサラダを食べる気なさそうに、フォークでつつく。
「どう? 少しはダイエットできた?」
わたしに答えるかわりに、みっこはナオミに訊いた。
「ううん。減るのはおっぱいばっかり。もう2カップも減ったわよぉ」
「2カップ減ってもその大きさなら、いいじゃない」
「よくないよぉ〜。朝ごはん食べないようにしてるんだけど、おなかがすくばっかりで、ほとんど体重減らないし… それに毎日夢に出てくるのよぉ。ステーキとか唐揚げとかケーキとかが」
「夢に見るって… そんな、ストレスが溜まるようなダイエットはダメよ。あまり無理しないでいいのよ。急激なダイエットはリバウンドが怖いし、食事を抜くのは逆効果なんだから。
それだったら、生活を朝型にして、朝食と昼食はちゃんと食べて、夕食に炭水化物を摂らないようにして、寝る前3時間はなにも食べないようにする方がいいわよ」
「そうぉ… じゃあ、そうする〜」
ふたりの話に、わたしは横から入っていった。
「ナオミ、ダイエットなんかしてるの? 急にどうしたの?」
「さつきちゃん。あたしね。オーディション受けるのよぉ」
そう言ってナオミは、サラダをつついていたフォークをカランとお皿に置いて、やる気なさそうに頬杖ついた。
「オーディション?」
「モデルクラブからの言いつけだって」
みっこがナオミの代わりに答える。
「モデルクラブ?」
「去年の学園祭のときに、ナオミはスカウトされたじゃない」
「そうだったわね」
あのとき、ナオミは東京のモデルクラブから、スカウトされたんだっけ。そこはなんでも、みっこが所属している事務所らしかった。
「そういえばナオミ、『モデルになれる』って舞い上がってたわね〜。もうCMとかには出れたの?」
「もぅ〜、さつきちゃ〜ん。わかってないんだからぁ」
ナオミは『Oh! No』というように、大袈裟に両手を上げるゼスチャーをしながら言う。
「スカウトされたって言っても、ただ、モデルクラブに入れたってだけなのよぉ。
この世界、そんな簡単にデビューなんてできないんだからぁ。モデルとしての基礎を、ちゃんと学んどかなきゃいけないのよぉ。そのレッスンがキツくてキツくて…
おまけに人のこと、『ウエストと二の腕に肉が付きすぎ』だなんてバカにしてぇ。もうイヤになっちゃう。だけどそこは、越えなきゃいけない壁なのよねぇ〜」
「ふふ。ナオミも少しはわかってきたみたいね。はい、ごほうび」
みっこはそう言って、自分のピザのひとピースを、ナオミの口に押し込みながら言う。
「ナオミは、パリやニューヨークでパチパチ写真撮られたいんでしょ? だったら頑張らなくちゃね」
「んぐ。おいしいけど… ライバルのあたしを太らせて蹴落とす、みこちゃんの作戦に、まんまとはまったみたい」
「先生に向かって、そういう台詞は10年早いわよ」
「先生?」
わたしはみっこに訊く。
「ナオミに頼まれてね。モデルの個人レッスンをしてるのよ」
「さつきちゃんからも言ってよぉ。みこちゃんのレッスン、超きびしぃ〜」
「ええ… あたしって『攻め系』だから。さつきからそう言われたし」
「うわ。みっこ、そんなずいぶん前に言ったこと、よく覚えてるのね」
「あたし、そういう物覚えはいいのよ」
「みこちゃん、やっぱり意地悪ぅい〜」
「じゃあ、もうレッスン、やめる?」
「ううん。頑張る」
「その意気よ。今日の午後の講義は休講になったから、お昼が終わったら行きましょ」
「行くって?」
「あたしのマンションのスタジオで、ナオミのモデルレッスンするのよ。さつきも来る?」
「え? いいの?」
「え〜。さつきちゃんも来るの? 恥ずかしいよぉ」
「大丈夫よ。たくさんの視線を浴びた方が、美しくなれるって」
そう言ってみっこは笑った。

 食事が終わって、わたしたち三人はバスで、みっこのマンションへ向かった。チェーンを巻いたバスは、ガラガラとうるさいし、乗り心地も悪いもの。
それでもバスに乗っている間ずっと、ナオミはわたしにいろいろ聞かせてくれた。
週に2回、街なかにあるモデルスクールに通っていることや、そこでのレッスンの様子。モデル事務所でのみっこの噂や、彼女が受けるオーディションのことなど。

「それでね。今度のオーディションは絶対受かりたいわけ。そうすればテレビにも出れるもん」
「それでみっこに、モデルのレッスンしてもらってるってわけ?」
「そうなの。みこちゃんみたいな一流のモデルに教われば、すぐにオファーが来るようになるわよ。
みこちゃんってすごいのよ〜。3歳からモデルやってて、うちの事務所じゃいちばん実力あって、ポージングもムービングも、いちばんセンスがいいんだって。
あ〜あ。あたしも早く、すごいモデルになりたいなぁ〜」
「あら。ナオミにはもうお仕事の話、来てるらしいわよ。男性誌のグラビア撮影と、撮影会モデル。宣材写真持って行ったら、さっそく喰いついてきたって、社長が話してたわ」
「すごいじゃない、ナオミ」
「ナオミのプロポーションなら、男は釘づけよね」
「ん〜… 『ペントハウス』とか『プレイボーイ』なら出てもいいけどぉ。その辺の三流雑誌じゃ、なんだかなぁ…」
「ナオミ、言ってくれるじゃない」
「やっぱり『ヴォーグ』の表紙を飾るようなモデルになりたいもん」
「まあ、夢はでっかく、ね」

 みっこのマンションに着いた頃には、もう2時を回っていた。
今日のスタジオは、ちょうどどこかのジャズダンス同好会の練習とバッティングしたみたいで、ママさんらしい女性が5・6人、レオタード姿でダンスのレッスンをしていて、少しばかり賑やかだった。
その横で、みっこは早速ナオミをレオタードに着替えさせ、ストレッチや基礎トレーニングを、充分すぎるほど時間をかけてやらせる。

「じゃ、立ち方の基本」
みっこはそう言うと、ナオミのおなかをぐっと押さえた。
「頭は上から吊るされている感じで、首筋を伸ばして。胸はそりすぎちゃダメ! ほら、もっとおなかに力入れて!」
そう言いながら、みっこはナオミのおなかを、ぐいと押さえつけた。
「ぐ…」
「そのまま歩いてみて。違う! 脚は腰からついている感じで。 頭は前に突っ込まない! ロボットじゃないんだから、そんなにカクカク歩かないの! 上下動、大き過ぎる!」
「み、みこちゃん、ステージに立つわけじゃないんだから、こんなのテキトーでいいじゃない」
「なに言ってるの! どんなジャンルのモデルだって、姿勢の美しさは絶対条件なのよ。ナオミは『ヴォーグ』の表紙を飾りたいんでしょ?!」

みっこはそう言って、ナオミの立ち方から歩き方、ポーズのとり方まで、繰り返し繰り返し、それこそ手取り足取り教えていく。そのレッスンは確かにナオミの言うように厳しいものだったけど、とっても熱心で、力のこもったものだった。
そうやって教えているみっこを見ていると、『この子は本当に、モデルを愛しているんだなぁ』って思えてしまう。
それにナオミも、以前学園祭の前に、みっこにバインダーを頭に乗せられて、歩かされたときに較べると、ずいぶん仕草が綺麗になったというか、洗練されてきた気もする。
ジャズダンスのママさんたちも、みっことナオミのレッスン内容に興味があるらしく、時々ふたりを見つめては、ひそひそと何かを話しあっていた。

「みっこはナオミのこと、熱心に教えるのね?」
ひたすらスタジオの中を往復するナオミを、腕を組んで真剣に見つめているみっこに、わたしは話しかけた。
「ナオミって、素質も才能もあるから、教えるの楽しくって」
「へえ。そうなの? でもみっこはナオミのこと、羨んでいたんだと思ってたけど」
「そりゃ、とっても羨ましいわよ。あの身長にプロポーションは、あたしには絶対に手に入れられないものだもん。でもあたしはあたしだし、ナオミとはキャラクターが違うから、仕事もかぶることはないと思うし。なんてったってナオミ、あれでいて頑張り屋さんだもん。あたしも応援したくなっちゃうじゃない」
「確かに、ミーハーなようでいて、ナオミってけっこうガッツあるわよね」
「それに、人を教えるって、自分のトレーニングにもなるしね。
こうやって繰り返し繰り返しレッスンしていって、ナオミの余計な贅肉をどんどん削り落としてやって、洗練させてやるのって、新鮮でおもしろいわ。それこそ、『ヴォーグ』の表紙が飾れるようなモデルに、ナオミを育てるのが、あたしの今の夢かなぁ。『教えるって教えられること』なんてよく言われるけど、あたしもなんだか、ママの気持ちもわかってきたわ」
そう言ってみっこはなにかを思い出すように、くすっと笑う。
「みっこも、モデルのお母さんから、レッスン受けたことあるの?」
「小さい頃は毎日習ってたわよ。というより、日常のすべてがお稽古だったかなぁ。
歩くときもごはんのときも、いつも動きをチェックされていて、ママの前じゃ気が抜けなかったな。それとは別に、ダンスとピアノのお稽古にも行ってたでしょ。ほんと、遊ぶ時間なんてなかったわね〜」
みっこはそう言いながら、なにかを懐かしむように、微かに笑みを漏らした。

そうか。
みっこと彼女のお母さんとの間の確執は、みっこがこうやってだれかを育てることで、少しづつ解けていくものなのかもしれない。
まるで、子育てが親をも育てるように…

「今度、隣のプールに行きましょうね」
「泳ぐのぉ?」
ナオミはハァハァと息をはずませながら、みっこに聞き返す。
3時間ほどのレッスンで、冬だというのに、ナオミのおでこには玉のような汗がびっしり浮かんでいて、レオタードも汗まみれになっていた。
「ダイエットには水泳がいいのよ。あたしも最近太り気味だから、いっしょに泳ご」
「え〜、冗談。みっこがそれで太ってるって言うのなら、わたしたちはなんなのよ?」
わたしがそう言うと、みっこは屈託なく笑う。
「今日のレッスンはおしまい。あたしの部屋でみんなでお茶しない? 『ブルーフォンセ』のケーキを買ってあるの」
「え〜。みこちゃんの『あたしを太らせて蹴落とす作戦』第2弾〜? くやしいけど、食べたぁい!」
ナオミはそう言いながら、さっさとレオタードを着替えた。

 

 あれからみっこの部屋には何度か来たけど、ナオミを交えて楽しいひとときを過ごすのは、はじめてのこと。
ナオミはみっこの生活ぶりがとても気に入ったようで、何度も『いいなぁ』を連発していた。

「いいなぁみこちゃんは。こんなリッチなマンションで暮らしてるなんて。1階にはプールもスタジオもあるし、なんかトレンディドラマのヒロインみたい」
「ふふ。パパに買ってもらったのよ」
そう言ってみっこは、意味ありげにウィンクする。
「え〜っ。みこちゃんやるぅ! 『パパ』がいるんだ! やっぱり一流モデルになると、マンション買ってくれるようなリッチなパパくらい、できるもんなのねぇ〜」
「なに勘違いしてるの。本物のパパよ」
「なんだぁ。紛らわしい言い方、しないでよぉ」
そう言いながらナオミは、興味津々といった様子で、みっこの家の中を見て回る。
その間にみっこは、湯気を立ててピーピーと鳴りだしたケトルを、ガスレンジからおろし、紅茶の葉の入ったメリオールにお湯を注ぐ。

「でもモデルって、もっとふだんからいい服着て、いろんなパーティとかディナーに招待されて、派手に暮らしているかと思ってたけど… みこちゃんって、すごく地味ね」
ナオミは生クリームとフルーツがたっぷり乗ったケーキを、口いっぱいに頬張りながら言った。
「まあね。そりゃカリスマモデルやスーパーモデルなら、パーティとかのお呼ばれで忙しいでしょうけど、ふつうのモデルはこんなものじゃない?」
「そうかなぁ? ガッコにだってふつうの綿シャツとかジーンズで来てるでしょ? DCブランドとか派手なボディコンで来れば、もっと目立つのにぃ」
「そんなのは通学用じゃないでしょ」
「でもみこちゃんは、ディスコやカフェバーとか、行ったりするんでしょう?」
「たまには行くけど、最近はご無沙汰してるわね〜」
「夜遊びなんかしないの?」
「それもご無沙汰してるわね。だいたい11時までには眠るようにしてるから、夜遊びなんかする暇ないし」
「お酒は飲まないの?」
「まあ、適度なお酒はからだにいいけど、夜酒は睡眠の質が落ちるから、飲まないわね」
「え〜? じゃあ、男は?」
「まあ、適度なエッチは美容にいいけど、それもずっとご無沙汰してるわね… って、なに言わせるのよ、ナオミは!」
「あははは。みこちゃん、おもしろい〜!」
そう言ってケラケラと笑いながら、ナオミは紅茶のおかわりをねだる。みっこは紅茶の葉を新しいものに換えるため、キッチンに立った

「さつきちゃん。なんだか、みこちゃん。変わったね〜」
みっこがキッチンで紅茶を入れているとき、ナオミは小声でわたしにそうささやいた。
「え? どこが?」
「みこちゃんってさ〜、前はなんか怖いとこあったんだけどぉ、最近は話しやすくなったよね」
「ナオミもそう感じるの?」
「うん。前さぁ、由貴ちゃんがみこちゃんに、『絵のモデルしてほしい』って、言ってきたことがあったじゃない」
「うん」
「あのときみこちゃん、最初は『ブスッ』って黙ってて、すっごい怖い顔してた。だからあたしもミキちゃんも、みこちゃんに話しかけられなくて、なんか気まずかったわ」
「そんなこと、あったわね〜」

そうかぁ。
あの時は、ナオミとミキちゃんは、由貴ちゃんの作品のクリアファイルをずっと見てて、みっこの沈黙には気づいてないかと思っていたけど、実はふたりとも、こっそり気を揉んでいたんだ。
ナオミは安堵したように言う。
「あたしね。今のみこちゃん、好きだな〜」


RRRRR… RRRRR… RRR…

そのとき、ローチェストに置いてあった電話が鳴った。
みっこは紅茶の入ったメリオールを、わたしたちのいるテーブルの上に置くと、急いで電話に出る。

「はい」
「そうです」
「はい… はい… わかりました。ありがとうございます」

はきはきとしたみっこの業務口調から、それがビジネス関係の電話だとわかる。
「はい。失礼します」
電話を切ったみっこは、わたしたちにVサインを送って、ニッコリ微笑む。
「やったわ」
「え? みっこ、どうしたの?」
「あたし、今年のアルディア化粧品の、夏キャンモデルに決まったわ」
「ええっ? アルディア化粧品の?!」
「『夏キャン』って、サマーキャンペーンのことでしょ? みこちゃん、すっごぉい!!」
わたしとナオミは突然のこのできごとに驚いて、口々にそう叫んだ。みっこは新しい紅茶をみんなのカップに注ぎながら、はずんだ声で説明してくれた。
「冬休みの間に東京でオーディションがあってね。あたしそれに応募してたの。アルディア化粧品のお仕事は、以前もしたことあったし、化粧品のCFモデルなら身長条件もゆるいし、いけそうかなって思ってたけど、ほんとに決まって嬉しいわ」
「でもみっこ、オーディション受けたなんて、ひとことも言ってくれなかったじゃない」
「だって、落ちたら恥ずかしいもん」
みっこは本当に嬉しそうに、ニコニコと満面の微笑みを浮かべながら、新しい紅茶の入ったカップを、口元に運んだ。

そうかぁ。

去年、『あたし。やっぱりモデルをしたい!』って宣言してから、もうみっこはアクション起こしていて、確実にモデルの仕事を再開させていたんだ。
アルディア化粧品のサマーキャンペーンモデルに選ばれて、そこから人気が出て、女優やタレントになったモデルさんは、たくさんいる。
わたしも小説書きを、もっと頑張らなくちゃいけない気持ちにさせられるな。

「みこちゃん、ロケはどこでするの? やっぱり外国?」
「まだそこまでわからないわよ」
「いいな〜。絶対外国よ。きっとパリよ。パリって化粧品の匂いがぷんぷんするってイメージじゃない」
「ナオミの妄想って、すごいわね」
「CMっていつ頃から流れるんだろ。わたし絶対ビデオにとるわ!」
「もうっ。さつきまで」

みっこのオーディションの話で、わたしたちのお茶会はいっそう盛り上がった。

 

「ねぇ。さつきの方はどうなってるの?」
「え。なにが?」
「小説講座のコンクール」
会話が一段落しておしゃべりが途切れ、それぞれ思い思いに雑誌を見たり、ケーキを食べたりしているとき、ふと、みっこがわたしに訊いてきた。
「もうすぐ後期の講座が終わって、コンクールの締め切りなんでしょ? 小説の方は進んでる?」
「そうねぇ… 実はそのことで今、いろいろ悩んでいたんだ。
前が最終選考に残ったでしょ。だから今度こそ、なにかの賞に入りたいんだけど、いまいちパッとしたストーリー、思いつかないのよ」
「大丈夫なの?」
「ん〜… あまり時間がないから焦るばっかりで… だけど今はなんか、涸れちゃってるのよね〜。ううっ」
「頑張ってよね、さつき」
「ねえみっこ。なにかいいネタない?」
「ネタって言われてもねぇ… 寿司屋じゃないんだし」
「それ、ギャグのつもり?」
「あ。すべった?」
「はは。いっそのこと、みっこをモデルにして書いてみようか? 生意気でわがままな小娘モデルの話」
「あ。それいいわね。そのかわり賞金とかが入ったら、半分いただくわよ。あたしのモデル料は高いんだから。覚悟しててね」
「みっこ、せこい〜!」
「あははは」
わたしとみっこは顔を見合わせて笑う。
ナオミは『何ごとか』と、雑誌から顔を上げて、わたしたちを見た。

「だけどさつき、いいお話しが書けるのなら、あたしなんでも協力するわよ。さつきには絶対、自分の夢を実現してもらいたいもの」
「ありがとう、みっこ」
わたしがそうお礼を言うと、みっこはほのぼのと微笑んだ。
彼女のこんなやすらかな微笑みを見ていると、こっちまで癒されてくる。
去年はいろんなことがあって、その度に辛そうなみっこも見てきたけど、そんな冬の季節は、もう終わったのかもしれない。

「ねえ。みっこにはもう、見えるようになった?」
わたしは、カーテン越しの光が当たって,柔らかなシルエットを作っているみっこを見つめて、訊いた。
「ん? なにが?」
「去年のわたしの誕生日に、みっこは言ってたじゃない。
『あたし… 今はまだ、なんにも見えない』って…」
みっこはなにかを憶い出すように、軽く目をティーカップの方へ伏せると、そのときと同じ台詞を言った。
「さつきはあたしが、なにになればいいと思う?」
「モデル」
「ふふ… ありがと。頑張る」
「でもこれからは、みっこも東京で仕事することが多くなるんでしょ? 学校にはちゃんと来れる?」
「…わかんない。けど、あたし、西蘭女子大学が好きだから、できるだけこちらでの生活をメインにするつもりよ」
「みっこがモデルで忙しくなっても、今までみたいにつきあっていければいいんだけど…」
「バカね。なに言ってるの。さつきこそ売れっ子小説家になっても、あたしを忘れないでね」
「あはは… それって、いったい何年後の話だろ? って言うか,そんな日が来るのかな?」
「夢の実現には時間もかかるけど、頑張ろうね。さつき」
「そうだね。そしていつまでも、友だちでいようね」
「…ん」
みっこはそう言って、わたしの瞳を見つめた。

『なにかが変わっていきそう』

そんな予感が、わたしの中にあった。
彼女がモデルの仕事をはじめれば、今までのように、頻繁には会えなくなるだろうし、今は学校があるからこちらにいても、卒業後は東京に戻ってしまうだろう。
それは寂しいことだけど、いつか川島君が言っていたように、『お互いが相手のことを思いやってさえいれば、ターニング・ポイントなんて来ない』って、わたしもそう信じている。
だってわたしは、いつまでもずっと、みっこと親友でいたいから。

「なんか静かになったと思ったら、ナオミ眠ってるんじゃない? やっぱり疲れたのかなぁ。かなり厳しくレッスンしたものね」
みっこがそう言って、床に転がっているナオミに毛布をかけてあげながら、微笑んで彼女を見つめる。
ナオミはファッション雑誌を枕に、両手にクッションを抱えて、安らかな顔でうたたねしていた。

END

25th Jul. 2011

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