2010.02

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 ■ああ、、ロケ弁

2010.02.28

先日、ぼくが手がけたコンテを元にしたCM撮りがあったので、撮影の様子を見学に行った。
絵コンテは依頼でいろいろ描いてきたものの、実際の撮影現場にお邪魔するのは実は初めてで、結構ドキドキものであるv
本当は午前中に行く筈だったのが、いろいろ雑用をしているうちに家を出るのが遅くなってしまい、お昼を回って出発したので、途中コンビニおにぎり頬張りながら、ロケ先のスタジオにクルマを飛ばした。

スタジオに着くと、モデルさんを使った美味しい撮影は午前中でだいたい終わってしまっていて、ぼくが見れたのは最後の方だけ。う〜ん、残念、、、orz
しかも、ぼく用のロケ弁もわざわざ用意してくれていたらしく、それも食べられなくて残念; コンビニおにぎりなんか食べるんじゃなかった。あ〜〜。ロケ弁、、、

スタッフがロケ弁を食べ終えた後は、ブツ撮り。
撮影は、さすがCM撮りだけあって、ライティングにもゴツい照明やスタンドを惜しげもなく投入していて、ビデオカメラもご立派。
んぅ〜〜。自分んちの機材が子供のオモチャに見えてしまう(笑)。

絵コンテを元に、完成されたカットを得るために、ライティングを調整し、カメラをセッティングする。モデルも決められた動きを忠実に演じる。
モデル、カメラマン、スタッフ、プロデューサー、それぞれが自分の役割をこなし、CMというひとつの作品を作り上げていく。
自分もそのスタッフの一部なんだと、実感できたロケだった。

流れで写真を撮るのもいいけど、一枚の絵を追い求めるのも、いいもんだ。
ロケ弁は残念だったけど、いろいろと勉強になった見学会だった。


 ■Zeiss不運のマイ・ヒストリー

2010.02.25

「空気まで写る」と比喩されたContax Carl Zeissレンズに一目惚れしたのは、ぼくがまだ写真をはじめて間もない、かれこれ25年程前の頃だ。

当時のカメラ雑誌なんかを見ていて、「これ写りが好みだな〜」と思って、撮影キャプション見ると、そこには「カールツァイス プラナーT*85mmF1.4」とか「カールツァイス ディスタゴンT*35mmF1.4」等の文字が踊っていた。
ドイツ製で価格が高いというのもあって、その時からZeissレンズは、フリーターで細々と趣味でカメラをやっている自分には手の届かない、憧れレンズになったのだった。
そして、「いつかはContaxを買うんだ」という気持ちで、カタログだけは集めていた。
35mmF1.4が191,000円、85mmF1.4が118,000円、当時流行の300mmF2.8が2,000,000円、1000mmF5.6に至っては5,170,000円という天文学的な数字が並んでいるカタログに、「うひゃ〜」とか「あへ〜」とかいちいち奇音を発しながら、よだれを垂らして見入っていたのだった。

イラストレーターとしてなんとか一人前になり、そこそこの収入を得られる様になった1994年。
そんな、よだれまみれのカタログを握りしめて、初めて買ったContaxカメラが、コンパクトカメラのTVSだった。
とりあえずコンパクトカメラで撮ってみて、Zeissが自分の好みに合う様だったら一眼レフを思い切って買おうという、お試しカメラだった(それでも170,000円もするカメラだったんだけどね)。
しかし、コンパクトでありながら、その色彩の素晴らしさや階調の豊かさ、隅々まできっちり写る解像力を見せつけられて、またたく間にZeissの虜になってしまい、翌年に一眼レフと、とりあえず新品の50mmF1.4と中古の85mmF1.4とレンズを無理しながらも購入。憧れのContax&Carl Zeissオーナーになる事ができた。

しかし、1995年当時、カメラ界の流れはオートフォーカス全盛期で、MFカメラは、ぼくの使っていたOLYMPUSのOMシステムとContaxくらいしかなくなってしまい、新製品はほとんど発表されない状態になっていた。
自分自身もContaxとは別に、「仕事で確実にピントを合わせる用」として、Canon一眼レフを導入し、次第にそれがメインになっていき、MFカメラは「趣味の作品撮り」という位置づけになってきた。
さらにデジタルカメラが実用的になって来るに連れて、ぼくも1999年にはE-10というカメラを購入。デジタルの便利さに毒されて、2002年からはデジタル一眼レフに切り替え、マニュアルのフィルムカメラを使う事は、まず、なくなってしまった。
こうしてせっかく憧れのContaxオーナーになったものの、レンズが揃う前にAFやデジタルに移行してしまい、Contax&Carl Zeissがメインシステムとして活躍できたのは、1995年から僅か2〜3年程度と、短命に終わってしまったのだった。

時は流れて2010年。
忘却の彼方に流されていたCarl Zeissレンズが、ここに来て再びマイブーム中v
昨年、ふとした事で手に入れたZeissT*28-85mmF3.3/4が、20年も昔のレンズなのにも拘らず感動的な描写で、Zeiss熱が再発。
デジタルカメラが2000万画素を超える様になって、国産メーカーのレンズの描写の限界が露呈してくる中、「空気まで写る」と言われたZeissオールドレンズの描写力は、皮肉にもデジタルによって証明された訳だ。
しかも、最近になって電子接点のついたマウントアダプターを入手し、これまで懸案だったピントの歩留まりもよくなる事で、実用性もアップ。さらに、滑らかなマニュアルのピントリングがムービーにもぴったりで、ムービー用レンズとしても重宝。
しかも、20年前は二桁万円が標準だったレンズ価格も、中古市場で半額〜8割安と、不況中のお財布にも優しいのも嬉しい所v

そんな訳で、よだれにまみれた20年前のカタログを、押し入れの底から引っ張り出しできて、中古レンズを検索しては、当時は高くて手の届かなかったレンズを、大人買い(笑)してしまいたくなる今日この頃なのだ。

一度は不運をかこったZeissだが、もう一花咲かせてもらおう。


 ■にゃんにゃんにゃんにゃんにゃん

2010.02.22

次のにゃんこデーの2022.2.22は、12年後。
明日、平成の次の年号がスタートしても、22.2.22までは最低22年。
真のにゃんこデー2222.2.22は212年後で生きていないし(笑)。
だから、ヌコネタでなにか書かねば、と思った訳である。

ぼくは猫が好きだ。
気まぐれで人に媚びない様でいて、実は小心者の甘えん坊で、仕草がいちいち可愛いにゃんこには、萌え萌えしてしまう。
視界の隅っこをにゃんこが横切っても、素早くサーチし、すり寄ってしまう程に(笑)。
しかし、子供の頃からの呼吸器系の病気のせいで、動物の毛や鳥の羽等はアレルギーを起こすので、そういうペット類は自分には天敵なのである、、、orz
だから猫はおろか、魚類は除いて動物類はいっさい飼った事がない。
たまに猫を飼っている友人や親戚の家に行った時に、そこの猫とじゃれるだけである。
猫好きさんはマイミクにも何人かいて、そのブログも拝見していると、猫を慈しむ気持ちは、その世話をする苦労とセットになっていて、だから余計に愛おしいものなんじゃないかと、想像している。
漫画のペン入れ中に、インク壷をひっくり返されたり、原稿の上に肉球マークをつけられたり、お気に入りのカーテンに爪を立ててよじ登られたりしても最後には許せる愛情は、やっぱり育児(猫?)あってのものじゃないかな?
通りすがりのおじさんが、表面的なかわゆさに惹かれてじゃれるだけじゃ、ほんとの愛情には届かないもんだ。

まあ、それは人間同士にでも言える事なんだけどね。
恋愛とか育児とか。

なんだかヌコデーから話が飛躍してしまったが、お題目だけで日記を書き始めると、結局収拾がつかなくなるって事で、、


 ■凹んだり凸ったり

2010.02.19

今日は朝一番で某エージェントのプロデューサーから呼び出しがかかり、先日描いたパースの修正の打ち合わせ。
彼はこの辺りでは有名な偏屈人で、回りとのトラブルが絶えない問題児でもある。
今回の修正でも、作画上の不備を、いやみを織り交ぜながら鬼の様に指摘され、心が折れそうにもなったが、その指摘もいちいちもっともな部分があったので、「クレーマーは最大の勉強」と自分に言い聞かせて、反論したいのをグッと抑えて、お小言にひたすら耐えたのだった。
そんな凹み気味の一日のスタートだったが、午後からはアズ漫画研究会のお絵描き仲間が、プチ勉強会&雑談会に来てくれて急速に盛り上がったので、こちらも午前中のイヤンな気分を忘れて、ヲタ話でなごむ事ができた(笑)。

家に引きこもって絵を描く人には、それなりの相似点があるものだ。
ぼくも小さい頃は小児喘息で、体が弱かった。
外で全開で遊び回ると、その翌日には必ずと言っていい程体調を崩し、学校を休む事も度々。
両親は共働きで日中は家にいないし、兄弟もいないので、誰にも看病される事なく、一人で静かに寝ていた。
そんな日でも午後には調子がよくなってくるので、一人きりの家の中で、本を読んだり、チラシの裏に絵を描いたりして遊んでいた訳だ。
いわばお絵描きは、自分の一人遊びのひとつだったのだ。
自分の絵の原点は、ここにあるのかもしれない。
去年一年は、ヤフオク高額絵師を目指して、一般のニーズを取り込んだ萌えイラストを描こうと心がけたものの、読者に媚びる自分を、逆に見透かされている気もするし、なにより、自分が本当に描きたいものを描く事が、自分の魅力を一番発揮できるという事に気がついた(遅いよ)。

絵を描いているといろんな事がある。
障害もあるし、励みに思う出来事もある。
最近の自分は同人界から離れ、お絵描き友達もいなくなって、孤独気味に絵を描く毎日だった。
だけど、回りに同じ様に絵を描いている人がいると、自分はひとりじゃないんだなという、勝手な連帯感が生まれて、頑張れそうな気がしてくるのである(笑)。特に、原画とかを見せられると、心の底からムラムラと描きたい意欲が湧き上がってくるのだ。

という訳で、乙女絵師達からエナジーを頂いて、次のイラスト描きに向かって充電完了の自分だった。
でもまずは、問題のイラストの修正っすね〜、、、orz


 ■追いかけ日記

2010.02.16

最近リアルタイムで日記を書いていないので、ここらで追いかけ日記。

先週日曜日はアズ漫画研究会の勉強会。
デジタル入稿の方法を中心に、漫画製作ソフトやフォトショップ等の体験会みたいな感じになった。
勉強会は門司港レトロの周辺であったので、始まる前にプチレトロ観光。
お昼に豊前一粒牡蠣の牡蠣めしを買って食べたが、これがなかなか美味v
だけど、お土産に買ったフグ雑炊の元を、どこかに置き忘れて来てしまったのは無念、、、orz

先週は何気に修羅場っていて、前の日記にも書いたが、完徹1回に半徹3回。
お仕事は早めに取りかかりましょうと、痛感した一週間だった。
結局11日も、「祝日に仕事しろの刑」実行(笑)。
14日夕方になってようやくお仕事も一段落着き、その後はまったりご飯食べに行ったりマンガ倉庫に行ったり。
15日も梅を見に行ったり、お茶しに行ったりと、日中は割とゆっくり過ごす事ができたものの、夜には次のビッグウェーブがやってくる気配が漂い始め、つかの間の休息も終わりを告げた。

という事で、お仕事三昧な一週間。
新たなお仕事も入りつつあるし、確定申告の準備もしないといけない。
日本経済も二番底の心配から脱しつつあるし、こりゃ〜、3月修羅場が早めにやってくるかもしれないという予感。


 ■ほんとのファインプレイって

2010.02.11

打球めがけて突っ走る。
でも届きそうもない。
思いっきり捨て身のジャンプ!
グラブの先でギリギリ捕球。
なんて見事なファインプレイ!

本当にそうだろうか?
スタートダッシュがあと0.2秒早かったなら、余裕で落下地点に到着し、無理のない体制で捕球と返球ができて、走者のタッチアップも防げるかもしれない。

大リーグのイチローか誰か(この辺うろ覚え)が、そういう趣旨の発言をしていた事があったが、そんな言葉が痛い程身にしみた一週間だった。

先週半ばから微妙に修羅場っていて、住宅パースやらCFコンテやらが目白押しで、さらに日程の動かせない趣味撮影もかぶってしまい、効率よく仕事をこなしていかないと回らない状態。
しかし、ぐうたらな自分は、「仕事が乗らない〜」の一言で、合間合間にマンガ読んだり、お菓子食べながらゲームしたり、ストーブとホットカーペットの暖かさに負けて昼寝夕寝したりと、スタートが遅い。
その挙げ句、月曜夜には完徹夜しなけりゃならない羽目に、、orz

確かに、B3住宅パースを一晩で描き上げる自分の仕事能力は、凄い(笑)。
だけど、そのおかげで徹夜明けの日中は燃え尽きて使い物にならず、その結果、翌日の仕事はまたはかどらない結果に。
そうなると堂々巡りで、その次の日は作業が溜まって、またまた根詰めて仕事しなけりゃならない羽目に陥る。

もう少し早くから少しづつでも作業をしてりゃ、「徹夜でギリギリ間に合わせる」っていう様なファインプレイをしなくても、確実に仕事をこなせていけるのだ。

という訳で、
「徹夜明けできついから、今日は一日マンガタ〜イム」
とかほざいて、「エロイカより愛をこめて」を読みまくっていた昨日の自分に、今日は罰として「祝日に仕事しろの刑」を与えておきます。


 ■カメラ三昧でした

2010.02.07

今週火曜日は、某モデルさんとカメラマンさんと合流し、しばしの写真談義。
水曜日と金曜日にはモデルさんの撮影。
さらに、金曜日土曜日続けて、某カメラマンさんがうちに遊びに来て、これまたカメラ談義と、カメラ三昧な感じの一週間だった。
はじめましての方も、カメラマンさんやアシストさん、モデルさんとそれぞれおり、最近は活発に動いていると感じる。

新たな出会いから新しい刺激を受け、自分の作品に反映させられればいいかな〜。

若いエナジーを吸収して、自分も若返っている様な気がする今日この頃っす(笑)。


 ■波乱の2月はじまり

2010.02.01

2月の始まりと共に、「御連絡 債権者各位」という表題で、1通のFAXが届く。
仕事の取引がある某デザイン会社の、突然の破産宣告だった。

一昨年秋のリーマンショック以来、デザイン業界は大不況に陥って青息吐息。
去年はなんとか持ちこたえたものの、今年は危ないという噂の会社もチラホラだが、いきなりの破産宣告は驚きだ。
まあ、JALも潰れてHTBも危ないこのご時世、某社員の方達はいろいろ大変だとは思うけど、ここは踏ん張って、一刻も早い復帰を願う所だ。

かくいう自分も、今年も頑張って乗り切らないといけない。
幸い、今は仕事が好調なので、この勢いを持続していければいいかな〜。




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